新卒で入社してときは、生粋の営業部隊に配属されました。22歳の単に負けん気が強いはったりだらけの私に影響を及ぼす人がひとりいました。学年で言うと6つ上だったので、当時じいさんに見えましたが、彼の入社は1月で、私は4月。2月頃成績低迷して退職勧告を受けていたことを後で知りました。
しかし、私の入社後は、そんな気配は微塵も見せない成績推移で、私も決してダメな社員ではなかったのですが、一年目はとうとう一度も単月成績を抜くことなく負けっぱなしだったことを思い出します。当時、グレーな部分の多かった訪問販売という世界で、まともな売り方を教えてくれたのは直属の上司とこのじいさん(といっても当時29歳)。コンテストでもひとつの指標にして追いかけていました。
やがて、私は管理職~支店長という険しい道を選び、じいさんはじいさんで特販という営業成約率の問われる道にすすんでいきました。更に時計が進むと、私は各県を渡り歩くジプシーのようなマネージャー生活を送り、じいさんは、こども達に商品を有効に使ってもらうための指導の道へと方向転換。そのあとは会うこともありませんでした。同じ会社でも部門が違うと言葉すら交わすのが困難、そんな社員1万人の中で運命に翻弄されながら時が過ぎて行きました。
私は勤続12年で辞めて別の道に行って今に至るのですが、そんなじいさんと夕方、こどもと恒例の”グラン散歩”をしているときにまったくの偶然に再会しました。
「今日は休みなんスか?」
私が聞くと、
「実は先月辞めて、これからどうしよっかなーっと思っているところ」
とのこと。いろいろありますね。お互い幼いこどもを連れてショッピングモールで再開するなんて、20年前は想像もつかなかったことです。まあ、長年打ち込んできた仕事や会社を去ると言うことはさびしいことだと思うので、辞めたての今は少なからずダメージ受けている模様。力づけるおこがましさは私にはありませんが、大丈夫。多分入社一年目のあの時が、人生で最高にしんどかったと思いますよ。
7月の炎天下、朝10時から夜10時まで歩いて営業活動していた高知での日々。
売れなければ立たされて年下先輩にボロカス言われた毎日の朝礼。
上司がバカにされて悔しくて売った新人の頃。
僕たちは特殊体験を積んで今がある。その辺の人間には多分負けないと思いますよ。だから見えない明日にも頑張ってください。
約20分くらい立ち話をしていた横で、まったく自分の世界で遊んでいたうちの子。ミスドを所望するので買って車に乗った後、
「あの、だれのひと?」(あれは誰だったの?の意)
としきりに聞いてきたので、
「昔、一緒に仕事した人よ。」
と説明すると、
「あの、だれのひと?」×20回
「おしごとの人よ」「しりあいよ」「おともだち」など、どれが一番わかってくれるかなと考えながら返答。最後に、
「じいさんよ」
というと、
「じいさんかー!」
と納得した模様。そういい残して眠ってしまいました。父ちゃんも朝5時半から仕事して眠たい午後6時。30分駐車場で寝てから元気よくうちで晩御飯となりました。