私の働く施設には、朝から晩まで、乳幼児から高齢者まで、たくさんの人がやってきます。


まるで、

大家族が集っているみたいな場所です。


このG.W.も、

開館前から「おはよー!」と、自転車でやってきて、

出勤する私に手を振ってくれる70代のおじいちゃん。


ご家族で来られていた小さなお子さんに

「おはよう」と声をかけると、


こちらに飛んできて、


紅葉みたいな小さな手で、

私の手をぎゅっと握って、

そのままぴたっとくっついてきてくれました。


その瞬間、


一気にゆるんで、


身体がとけてしまいそうなくらい、

しあわせが広がったんです。


その様子を見ていた周りの方たちも、

ふっと微笑んでいて、


その場に、

やわらかい空気が広がっていました。


人って、


「ここは安心できる場所だ」って、


言葉より先に、

感じ取っているのかもしれません。


安心した瞬間、


何も頑張らなくても、

その人らしさが自然とあふれてくる。


私は、

そんな姿を見るたびに、

心が動きます。


何にも縛られず、


ただ、

「嬉しい」

「楽しい」


そんな気持ちを、

そのまま外に出している姿が、


なんだか少し、

まぶしく見えることもあって…


私は、

こんなふうに自然に自分を出せているだろうか、と、

ふと思いました。


どこかで、

ちゃんとしようとしてしまう。


相手にどう伝わるかを考えすぎたり、

少しのやり取りにも気を張ってしまったり。


気づけば、


「そのままの自分」よりも、

〈 整った自分 〉を出そうとしていることが多い。


今朝のおじいちゃんや、

あの小さな女の子に触れたとき、


本当は、

私もこう在りたいんだな、って気づきました。


出会ったふたりから、

受け取ったものがありました。


それは、


「会えて嬉しい」

「今が楽しい」


そんな、

この瞬間に湧きあがる、

まっすぐな心の声。


いろんなことを考えすぎてしまうけれど、


本当は、


そういうシンプルな感覚の中にこそ、


その人らしくいられる、

自由があるのかもしれません。