めぐみ という名前 | 2014年4月〜2017年1月31日までのブログ

2014年4月〜2017年1月31日までのブログ

歌を通して何かを伝えたいのではなく
ただ私が伝わるんだと気づきました。
私の在り方、生き方、生きてきた道が。

時に歌はことばよりも饒舌です。

なんにもなくて すべて ある。

真っ暗闇の深海で、私たちはみんなつながっている。

こんばんは。
明日は成人の日。
今日、成人式だったところも多かったみたいですね。

新成人のみなさん、おめでとうございます。


うたと笑顔で地球をめぐる いのちのうたいて めぐみのおと です。


私の名前は『恵』です。
恵みを与えられる人になってほしい、という願いをこめて、両親の仲人さんが名付けてくださったと聞いています。

小さい頃はこの名前が苦手でした。
「お恵みを~」
とか言って、小学校の頃、男子によくからかわれていました。



大人になってからでしょうか。
この名前がやっと好きになりました。

人は生まれる時に、生まれる時代、場所、運命、両親、名前、すべて選んでくると言われますが、私は間違いなくこの名前を選んだんだなぁ~ということを納得しました。


国分寺にあるカフェスローで開催された、星野ゆかさんのコンサートいのちのものがたりに行ってきました。


ゆかさんのことばのひとつぶひとつぶ
うたのゆらぎすべてが、私の細胞をじわじわと揺らして染み込んでくるようなコンサートだったのですが、その中で歌われた

ひかりのうみ

という楽曲。

そのMCで話された水俣湾で起きた悲しい歴史のお話、その語り部の方が言われた
「水俣病さえも恵みである」ということば。

それを聞いたあと、ひかりのうみ が始まると、急に涙が溢れてきました。

歌はほとんど聴いていませんでした(笑)


あぁ、私は両親にとって、まぎれもなく「恵み」だったんだなぁ。

私の存在は、まさに「恵み」以外のなにものでもないんだなぁ。


ただ、とめどなく感謝が溢れました。


話をすればケンカばかり。
なかなかお互いに素直になれない私たち親子。
今だに経済的に支援をしてもらっている、自立できていない私。
迷惑をかけるばかりの私。
こんなにも愛されているのに、なにもできていない私。

そればかりか、裏切ってばかりの私。
両親にとっては、もしかしたら災いかもしれない。

でも、水俣病さえも「恵み」だとしたら、両親にとっては私は間違いなく「恵み」だと納得!
(妙なところで納得してしまいました)


申し訳なさと感謝と可笑しさが入り混じって、しばらくは頭が混乱していたように思います。


結果として両親の愛を思い出し、ますます、この名前『恵』が好きになりました。


新成人のみなさんも、ご両親のいろんな願いを込めて名付けられた大切な名前がお一人お一人にあるんですよね。

改めて、成人、おめでとうございます。


お読みくださってありがとうございました。

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