新しいことを始めたら、そのスタートの時は感情が盛り上がっています。

しかし、感情はやがてさめてきます。
では、感情を長続きさせるには、どうしたらいいのか?

それは、感情を行動に変えること。
その場ですぐ行動に変えること。

感情は周り・環境によって受け身で発生するもの。
だから移ろいやすい。

行動は、主体的に能動的に自分で作り出すもの。
だから、行動に移すことによって、感情は定着するのだ。

行動と言っても、なにもぎょうらしいアクションでなくてもいい。身体の動きだけでもいい。

一日の計画を成し遂げたら、やったーと握りこぶしを握りしめよう。
MOVEコーチングを学んでいる仲間なら、ハイタッチでもいい。
パワームーブでもいい。

日本ではまだまだ、
職場などで身体で喜びを表現すると白い目で見る人も多いから、それなら人がいないところで拳を突き出し、ジャンプしよう!!

車の運転しながら、大きな声でやったーと叫んでみよう。

それが、その感情の「習慣化」につながる!!

ガンの手術の後、すっかり体質が変化してしまいました。

若い頃は、ラーメン五杯食べたら無料! の店に飛び込んで、汁もすべて飲んで5杯平らげ、店にウイナーとして名前が掲げられたこともある私です。大食漢で通っており、肉も魚も何でもばんばん食べまくっていました。食べ放題が大好きでした。

それが・・・・・

手術の後、なんだかベジタリアンに変化してしまいました。
魚はよく食べますが、肉はあまり食べません。
ときどきチキンステーキを食べますが。
野菜をよく食べるようになりました。ベジファーストです。
それと果物をよく食べるようになりました。

職場に完全復帰して、2週間たちましたが、土日はセミナー受けていることもあり、ちょっと身体が疲れ気味でもあります。
まだまだ身体は手術前のような訳にはいかず、本調子ではないようです。

感情に影響を与えるのは、フォーカスと言葉と身体の3つという、感情のトライアドと言うのを教わりました。
たしかに身体が疲れていると、感情に力が出ませんねえ。
言葉やフォーカスを変えることで、身体の状態を変えると言うことも教わりました。
しかし根本的に体力や健康を作っていくには、食べ物を選択運動しないといけないと気がついています。

パワーを出す身体のための肉や魚のタンパク質、エネルギー源の炭水化物、スタミナの脂肪、潤滑油のビタミン・ミネラル。
さらに酵素!!
生の果物を取ることで、酵素を補給できる!!

毎日の目標を意識するのと同じように、健康のため、自分の食べ物を意識する・・・・・・・
それで、時々はこんなものも食べるようになりました。
これで、疲労回復

私も・・・・ずいぶん変わりました(爆笑)

 私は、手術に入ったにもかかわらず、麻酔が効いていなくて、医師の声が聞こえ、意識があることに恐れおののいていた。

このまま手術されたくない・・・まだ意識あるのに。

そこで、身体の中で唯一動く左手の中指を必死に動かそうとしていた。麻酔が完全に効いていないことを知らせようと必死だった。

 ・・・・頼むから、気がついてくれ・・・・・
 ・・・・まだ、麻酔が効いてないんだよォ・・・・

 そうやってもがいている私の耳に、医師の声がはっきり聞こえた。

 「終わりました。」

 ・・・・終わった?? ど、どういうこと?・・・・
 かすかな意識の底で、私は思った。


 もしかして、もう6時間たってるのか?

 そうなのだ。
 「麻酔が入ります」という看護師の声とともに、一瞬で私は全身麻酔がかかり、意識を失ってしまったのだ。
そして気がついたときは、もう6時間たっていて、さっき聞こえた医師たちのしゃべる声は、手術が終わって、麻酔がさめかけてきたので、声が聞こえたのだった。

 なんということ!!!

一瞬で麻酔がかかり、次の瞬間には、もう6時間後だったのだ。
 全く不思議な体験だった。

 それからの記憶はあまり定かでない。

 顔をのぞき込む弟の顔をぼんやり覚えている。

 ・・・私の腫瘍は、どうだったんだ? やはりガンだったんだろうか?・・・

 弟の声がかすかに聞こえたのを記憶している

 「腫瘍が二つ見つかって、一つはガンで、
 もう一つは細胞検査に出して調べるらしいよ。」

 ・・・・腫瘍が二つ? ガンが二つあったってことか?・・・

 ・・・・二つガンがあったということは、転移してる?・・・・

 転移してるなら、やばいな・・・と思ったものの、意識が薄らいでいった。

 それから記憶が全くない。

 気がつくと、夜中の1時過ぎだった。手術は朝9時から始まったので、
もう16時間たっていることになる。

 私は周りを見渡した。

 心電図の波形がゆらゆら揺れている。

 身体の横に大きな機械があってチカチカとランプが点滅している。

 口には酸素マスクがはめられていた。

 身体の横からドレーンの管がのびていて、ベッド脇のタンクに血のような真っ赤な液体がポタンポタンと落ちている。

 ・・・・これは・・・?
 ・・・重病人じゃないか?・・・・

 胸腔鏡による手術で、開胸手術に比べ身体の負担が少なく、最短一週間でで退院。
そういう説明を受けていた私は、たじろいだ。
 この病院は、胸腔鏡による手術が得意で、それで手術を受けたのだ。
 それなのに・・・・それなのに・・・・

 ・・・私はいったいどうなってしまうのか??・・・

 身体は、全く動かなかった。手も足も動かず、寝返りも打てない。
 病室には、ときどき、けたたましく、「エリーゼのために」の音楽が流れる。ナースコールの音楽だ。結構頻繁に鳴っていた。
 看護師さんたちも、忙しいんだな・・ふと、そんなことを思った。

 やがて若い女性の看護師がやってきた。今晩の夜勤担当なのだろう。

 「大丈夫ですか?」
 「はい。なんとか。」 私は自分でも驚くほどはっきりとした声で答えた。不思議と言葉だけは出るのだった。

 「足がむくみますから、手術用靴下を脱ぎましょうね。」
 「はい。」
 「手術の時からずっとはいている手術用靴下ですから、鬱血の原因になりますから。」
 名前もわからないその看護師は、靴下を脱がしてくれた。
 「足をマッサージしましょう。マッサージ器があるんです。うちの病院の売りの一つです。」
 そういって、看護師は足につけられたマッサージ器のスイッチを入れた。機械の音が聞こえてきた。マッサージ器が動き出す。だが、しばらくすると、マッサージ器が足からはずれてしまった。
 「あれ? はずれてしまいましたね。もう一度。」
 看護師がまたマッサージ器をつけ直す。
 だが、しばらくすると、また機械は足からはずれてしまった。
 私は足が大きい方なので、サイズが合わないのかも知れない。
 「うーん、じゃあ、手でマッサージしますね。」
 そういうと看護師は、機械を足からはずし、手で足をマッサージし始めた。しかし、まだ麻酔が効いているらしいのか、足には感覚があまりない。それでも、看護師はマッサージを続けた。

 「それじゃあ、次に口を湿らせますね。」
 手術直後の患者は、水を飲むことができない。それでのどが渇いてしようがないのだ。
 看護師は、ストローのようなものの先にスポンジのついた専用の道具で、スポンジを湿らせ、渇いた喉の奥を、湿らせてくれた。
 喉の湿りが、本当に生き返るようで、生きているありがたさを感じた。手術するとこんな状態になるのか、と改めて驚くと同時に、看護師さんが、まるで天使のように思えた。

 「少しは楽になりましたか?」
 「はい、ありがと!。楽になりました。」
 「よかったです。」
 看護師はにっこりほほえんだ。その笑顔は病室に咲く可憐な花のようだった。
 「学校の先生なんですか?」
いきなりそう訊ねられて、私はびっくりした。
 「そうですよ。」
 「中学校の先生なんですね。」
 「そう。」
 「卒業式、泣きました?」
 いきなりまた、そんなことを訊ねられて、またまたびっくりした。私は三年担任で卒業式を終え、式の翌日入院したのだ。卒業式の感動は、まだ深く残っていた。
 「卒業式を終えて翌日入院し、手術したんだよ。もうベテランなので、若い頃のように泣くことはないけど、卒業式のあと、教室で卒業証書を渡すときに、クラス全員が合唱を歌ってくれて、その感動は、いまでも忘れられない。一生の宝だと思っているよ。」
 「へえ・・・そうなんですか。」
 看護師は、ちょっと微笑んだ。
 私が送り出したスポーツ万能でちょっと勉強嫌いな男子たちや、すこし突っ張ったやんちゃな生徒たちやダンスの好きな女子生徒たちが、たくさん見舞いに押し掛けて、病棟に入れずに、うれしい悲鳴を上げたのは、また別の日の話。


 「では、ゆっくり休んでくださいね。」
 そういうと看護師は行ってしまった。後にはさわやかな感謝が残った。

 だが、それからの時間、全く眠ることができなかった。

 なにしろ生まれて初めての手術で、体も心も知らず知らず興奮状態にあるのだろう。
 なにしろ、時間のたつのが遅かった。
 2時・・・3時・・・
 まだ朝にならないかな?
 4時・・・・5時・・・・
 やがて、空が白くなってくる。結局、一晩中眠ることができなかった。

 こうして、手術後1日目が終わった。
今朝は、グリーンスムージーを飲みました。

ガンになってから、グリーンスムージーがよいとアドバイスをもらいました。
ジューサーで、野菜を粉々のジュースにします。

今朝の材料は・・・・・・・


巨大オクラ

20センチ近くあります。(汗)
自宅で畑を作っている人から、たくさんもらえました。
大きくなりすぎて、堅いので、普通では食べられません。
しかしジューサーにかければ、粉々なので、全く問題ありません。

以下はレシピです。

巨大オクラ 1本
レタス 1束
アスパラガス 1束
豆乳 コップ一杯
オリゴ糖 大さじ6杯


オクラからねばねば成分が出て、クリーミーなジュースになります。
オリゴ糖を入れているので、甘くなります。しかしオリゴ糖は人間に身体には吸収されませんので、カロリーは心配ありません。そしてビフィズス菌のえさになるので、おなかの調子が良くなります。

さあ、今日も、朝のウォーキングに出発だ!!

「麻酔はいります」
 医師の乾いた声が響いた。
 すでに私の背中には、手術が終わった後の痛みを押さえるための硬膜麻酔の注射がされ、私は静かに手術台に横たわって執刀が始まるのを待っていた。

 ・・・・いよいよだな・・・・

 生まれて初めての全身麻酔による手術である。緊張がないといえば嘘になろう。しかし、私は腹を決め、静かに全身を医師にゆだねる覚悟をしていた。不思議に怖くはなかった。

 ・・・・手術時間は6時間を予定しています・・・・
 前日の手術の説明で、医師が告げた言葉が脳裏によみがえる。そんなに長い時間なのか? そのときはそう思った。弟たちも、そんなに長い時間がかかるんですか?と、驚いていた。

 手術したほうがよかったのか? 
 ふと、そんな考えも浮かんだ。

 しかし、もう入院しているわけだから、どうすることもできない。まな板の鯉・・そういう言葉があるが、私に残された選択は、まな板の鯉の心境になることしか残されていなかった。

 自分の身体を信じて・・・・

 そして、担当医を信じて、手術台に上った私だった。

 弟夫婦や、親戚のおばちゃんたちが駆けつけてくれることになっていたが、朝早くからの手術であり、誰もまだ到着していなかった。たった一人で、看護師たちに励まされながら、孤独な病魔との戦いに挑むことになったのだ。
 手術など、リスクの高いことに臨むときには、そばに誰かの存在があるだけで心強いものだ。だが、そういう存在がまだ到着していない中で、手術は始まってしまったのだ。
 孤独な戦いがはじまった。




 「麻酔はいりました」
 腕につながれたチューブから麻酔薬が身体に入る様子は、はっきりとわかった。

 その瞬間だった。
 私の意識は薄らぎ、手も足も全く動かなくなった。目も見えなくなっていた。
 本当にあっという間に全身麻酔は効いてくる。
 だが・・・・

 真っ暗な意識のそこで、私はふと、「あれ?」と思った。
 看護師や医師たちがなにやらしゃべっているのが聞こえてくる。
 そうだった。目も鼻も口も動かせない、全身に麻酔がかかって全く動かなくなっているのに、なぜか、耳だけははっきりと周りの音をとらえていたのだ。

 ・・・・あれ? あれ? 声が聞こえるじゃないか? もしかして麻酔が不十分なのか?・・・・

 医師たちの声は耳元ではっきり聞こえてくる。メスの準備をしているようだ。

 ・・・・う、うそだろ? まだ麻酔効いてないじゃないか!・・・・・
 ・・・・ま、まだ麻酔が全身に効いてない!
    ま、待ってくれ!・・・・
 ・・・・や、止めてくれぇ・・・・
    まだ、麻酔が効いてないんだってば!!・・・・

 しかし私は、全く声も出すこともできない。
 手術の準備は着々と進んでいるようだ。
 医師の執刀が間近に迫ってくる。
  ・・・・や、止めてくれってば。
  ・・・・まだ、麻酔が効いてないんだよっ!!・・・・
 しかし、その声は届くことはないのだ。

 私は、全身をよじらせて、なんとかまだ麻酔が効いてないことを医師たちに知らせようとした。でも、身体は全くいうことを聞いてくれない。私の身体は、ぴくりとも動かなかった。

 ・・・ううう、くそ。なんとか麻酔が効いてないことを、知らせないと!!・・・・

 私は、全身を再びよじらせた。しかしその意志に反して、身体は全く動こうとしなかった。

 ・・・くそ、なんとかしないと・・・・・

 額に冷や汗が滲んでくるような気がしていた。身体に麻酔が効いているから、本当は感じるはずはないのだが。

 ・・・・ちくしょう、なんとか・・・・なんとか・・・・・

 ふと、私は、左手の中指だけがぴくりとわずかに動くことを発見した。

 ・・・・これだ、おおい、気がついてくれ!!!・・・・

 私は、必死で左手の中指を動かした。
 ほんのちょっと動くだけなのだが、それでも必死だった。

 ・・・・頼むから、気がついてくれぇ・・・・たのむよ・・・・・

 私は左手の中指を必死で動かし続けた。


 果たして医師は気がついてくれるのか?
 看護師たちは気がついてくれるのか?
 必死の訴えは、続いていた。


続く・・・・・・・・・・