大往生では、あるんでしょうが・・・
「原爆の子」や「午後の遺言状」などで知られる日本映画界の重鎮監督で脚本家・新藤兼人さんが29日午前9時24分、都内の自宅で老衰のため死去しました。
100歳。
日本映画界が誇る最高齢の映画人が天寿を全うしました。
通夜は6月2日午後6時より、告別式は6月3日午前11時30分より、「近代映画協会」と新藤家の合同葬として、東京・芝の増上寺 光摂殿で執り行なうそうです。
喪主は二男で映画プロデューサー・新藤次郎氏。
98歳で撮った『一枚のハガキ』(2011年)が第23回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、授賞式で引退宣言をしていました。
しかし、その後も映画に対する意欲は、衰えていなかったようです。
新興キネマでフィルムを乾燥させる作業などから、映画人として歩みをスタート。
溝口健二監督の美術を担当しながら、シナリオを書き始め、1951年に「愛妻物語」で監督デビューを果たしました。
翌年に発表した「原爆の子」は、1953年のカンヌ国際映画祭に出品されるなど世界で評価されました。
妻の故乙羽信子さんが最後に出演した「午後の遺言状」(2005年)では日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞。
去年公開された「一枚のハガキ」が最後の監督作品となりました。
1997年に文化功労者、2002年に文化勲章を授与されています。
新藤監督の作品は、あまり観た記憶がないのですが。
昭和の映画界では、確実にその足跡を残された監督でしょう。
原爆を取り扱った作品も、5つほどあるそうで、広島出身ということもあり、その悲惨さについて、訴え続けたようです。
100歳の誕生日会のときも、車椅子ではあったものの、しゃべる言葉ははっきりしていて。
まだまだ長生きされそうな印象でしたが・・・
ご冥福をお祈りいたします。
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