私には、
子どもの頃から、
どうしても間違えるものがある。
春分と秋分。
そして、
「ぬ」と「む」。
……。
なぜ?
😂
自分でも分からない。
春分と秋分については、
意味が分からないわけではない。
春に来るのが春分。
秋に来るのが秋分。
分かっている。
ものすごく分かっている。
なのに、
いざ口に出そうとすると、
一回、
頭の中で漢字を出す。
春。
秋。
……春分。
よし。
😂
口より先に、
脳内で漢字変換が必要なのである。
そして、
もっと長いつき合いなのが、
「ぬ」と「む」。
これに至っては、
書いてから確認する。
「ぬ」
と書く。
見る。
そして、
発音する。
「ぬ。」
よし。
😂
「む」
と書く。
見る。
「む。」
よし。
何が「よし」なのかは、
自分でも分からない。
😂
もちろん、
「ぬ」も「む」も知っている。
読める。
書ける。
50年以上、
日本語を使って生きている。
それなのに、
時々、
ぬとむが信用できない。
😂😂😂
不思議なのは、
何度確認しても、
完全には克服しないことである。
春が来れば、
春分と秋分を確認し、
秋が来れば、
また確認する。
「ぬ」と「む」は、
必要になるたびに、
一回書く。
もう、
覚える気がないわけではない。
覚えている。
覚えているのに、確認している。
😂
人間の脳って、
不思議だなぁ。
記憶って、
おもしろいなぁ。
長年の思い込みには、
何か深い理由が……
……。
危ない。
また悟ろうとしている。
😂
春分と秋分。
ぬとむ。
私は今日も、
一回確認してから使う。
たぶん、
明日も。
ぬ。
……よし。
😂
ただ、
それだけの話です。