今の段階でまだ24時間経過していないわけだけども
この暑さもあり、腐敗が早まる可能性をつみたいため
と劣化するミーちゃんを見続けることに耐えられない為
一日経たずして、お墓に納めた。
この暑さもあり、腐敗が早まる可能性をつみたいため
と劣化するミーちゃんを見続けることに耐えられない為
一日経たずして、お墓に納めた。
そのかわり、夜は一晩つきっきりで隣にいた。
昼間同じ部屋でお互い睡眠を摂ったことは何度もある。
暑い日、エアコンの効いた部屋は知らない間に
睡魔がおとずれる。
暑い日、エアコンの効いた部屋は知らない間に
睡魔がおとずれる。
だから、みーちゃんと一緒に眠ることは初めてではないにしろ
亡骸に寄り添うという事態は想像を遙かに超えて悲しいものだ。
亡骸に寄り添うという事態は想像を遙かに超えて悲しいものだ。
もしも重篤な「今夜がヤマ」というような状況になったりしたら
その時は隣で添い寝し力を与えてやらねばと、思ってはいた。
その時は隣で添い寝し力を与えてやらねばと、思ってはいた。
だけども我慢強いうさぎさんはそんな「今日がヤマ」の「ヤマ」
を教えてはくれない。
を教えてはくれない。
死の直前まで耐え、俺という仲間にも、もう駄目だよという叫び声だけ残し
逝ってしまうのだ。
逝ってしまうのだ。
あの叫び声は足ダンと、手段は異なれども、抗議のメッセージではないかと
思う。
思う。
突然訪れた予期せぬ別れに対して。
仲間に知らせるという意味合いも勿論あったろう。
今困ったことは、彼女が居なくなったことによりあらゆる景色が
意味を持たなくなってしまったことにある。
意味を持たなくなってしまったことにある。
持ち主が突然居なくなってしまった、「愛用品」ほど居場所を失うものは無い。
天日干しし、フカフカになった主を待つ寝具。
だが、主であるみーちゃんがそこに帰って来ることはない。
決してだ。
だが、主であるみーちゃんがそこに帰って来ることはない。
決してだ。
そのような思いが生きることの切なさの一つでもある。
ただでさえ世知辛いことが多い世の中なのだ。
ただでさえ世知辛いことが多い世の中なのだ。
こんなことまで背負わさないでくれよ、とさえ言いたくなる。
だが、それでも
そんな耐え難い傷跡を残していくにしても
共に過ごし、うさぎと人という「種」を超えた関係の
醸成。その超越した時間や感覚というものは
まったく掛け値が無しに美しく素敵なものである。
そんな耐え難い傷跡を残していくにしても
共に過ごし、うさぎと人という「種」を超えた関係の
醸成。その超越した時間や感覚というものは
まったく掛け値が無しに美しく素敵なものである。
少なくとも俺はそんな思いを抱いている。
みーちゃんは目の前にいつも訪れてくれた現実ではなくなり
見事なまでも深い思い出に変わった。
見事なまでも深い思い出に変わった。
今、繰り返し口をついて出てくる言葉は
「ありがとう」なのだ。
「ありがとう」なのだ。
今度は草だけ食べて歯を悪くしたりすることがない
うさぎとして生まれてきてくれよ、と
願う俺なのである。
うさぎとして生まれてきてくれよ、と
願う俺なのである。