今日から、

いつもの仕事から飛び出して、

店舗研修」と銘打って、

最前線で売り上げを出してくれているお店のほうでお仕事でした。


宅配寿司のお仕事です。

久しぶりの立ち仕事10時間。

足がパンパン・・・と気付くよりも、

慣れない仕事の連続で、あっという間の10時間でした。

あと。2日間・・。


そして、そんな今日は、久しぶりに超ど級の緊張状態


「緊張」しているとき、

無意識に、「失敗が怖い」、「上手くできないと恥ずかしい」などなど、

やはり、「他人の目」をすごく気にしていたりします。


プラス。

「過去」に、やはり嫌な経験をしていると、

「また同じになるのでは~(××)」という不安からも緊張度は増します。


上手くできることや、すでに上手くできた経験を持っている場合は、

人間あまり緊張しないのです。


今日の私は、両方でした。

「失敗したくないー」「怒られたくないー」「怖いぃ」(TT)。。。

と、年甲斐なくそう思っている自分が居ました。笑。^^;


そんなこんなを、

「そうか~。私いまこんな心境なんだな~」とニュートラルに

受け止めてみました。


そうすると、「ひらきなおり」・・ではないですが、

「そかそか。そう思ってるんだ。

いいんじゃない失敗しても。笑。

初めての仕事だもの。

わからなくて あたりまえ~」という気持ちが出てくるのでした。笑。


いやいや。。ほんとはお客様にご提供する食品ですから、

お客様にお届けする商品の失敗はいけませんけれども・・・・^^;

わからないものは、分からないということで、

恥ずかしがらずに、店長を頼ろう~!

と、そんな気持ちの着陸し、研修店舗へ到着したのでした。


「緊張してる私」のことを、「ダメだよ~緊張なんかして!!」と、

拒否するよりも、

「そかそか。緊張してるのねぇ~」と受け入れてみると、

案外、気持ちが楽になったりするものです。


「そんなに考えなくても・・・・」

と、思われてしまうかもしれませんが、

私の”気の小ささ”は、昔からひどいのです。笑。


これが、少しでも「楽」になるのであれば、

今のありのままの自分を受け入れてみる。^^)b

わざわざそんなことをしなくても・・と思いつつも、

そんな自分もまた受け入れてみる。


そんな自分もありあり。

そう思うと、なんだか気も楽になるので面白いものです。^^)


自分の気持ちをニュートラルに見つめてみること、

そんな自分を受け入れてみること。


気持ちも楽になるので、オススメです。


とはいえ、友達からもらった「頑張ってきて^^」というメールが

これまた、嬉しく、有難い私なのです。☆








日々暮らしていると、色々なこと、もの、を受け取ることがあると思います。

・物/・言葉/・情報/・感情/・お金
・・・・etc


日本では「謙遜の美徳」が広く根付いていると思います。
ゆえに、受け取ることが少々苦手だったりもします。
私も、とても受け取り下手でした。(今も練習中です ^^;)


奥ゆかしさは、日本人の素敵なところ。
けれど、
今日は、お相手がくれた物や心、言葉を素直に有難く受け取ってみるのも
気持ちいいかもしれないですよ~

(*´д`*) という提案です。


誰かに贈り物をあげるとき、
その人への「好意」や、「”あげたい”という素直な気持ち」で贈ると思います。
”袖の下”というか・・・何か裏の意味を持たせる贈り物ではない限り・・笑。


誰かを褒める時や、気持ちをつたえるときも、
素直に思ったから、伝えることが多いと思いと思います。


けれど、実際受け取り側になったとき、
「いやー、こんなお気遣いさせてしまって、すみません」
  (謝っちゃったよ (^^; )とか、
「こんなお気遣い いらなかったのに~」
  (完全に”いらない”って拒否しちゃったよ(^^; )とか、


褒めらても、
「そんなことないよ~」(これまた否定)とか。
「いや~・・・」(ばつがわるそう・・)
とモゴモゴっとしてしまったり。


よくあるシチュエーションだと思います。
勿論、私もそうしてしまうことが多々です。


しかしーーーー。
こうやって「文字」にするとすごく良く伝わると思います。


相手が送ってくれた「物」「感情」を、「NO」で対応しているのです。!

(勿論、例えそれが謙遜であってもです・・)


コミュニケーション(意思の疎通)が上手くいく方法として、
「相手を受け入れる」という方法があります。


話し手が、受け手の反応を見て無意識レベルで、
「自分を受け入れてくれる」と分かると、
話し手は受け手を「信頼」するので、
より良いコミュニケーション(意思の疎通)が取りやすくなるのです。


この「自分を受け入れてくれている」という安心は、
受け手が「YES」を返してくれているときに生じやすくなります。


聞き手の「相槌」。
「うんうん」という首を縦に振るという行為は、
「聞いているよ」という意味にもなりますし、
「縦に振る」「うんうん」は「YES」の反応とみなされます。

そのYESをもって、相手に「受け止めてるよ」という気持ちが伝わるのです。


これを、贈り物を受け取るシチュエーションに戻すと、
「いえいえ」「そんなことはない」では、「NO」から始まっているのと一緒。(^^;


コミュニケーション拒否から始まっているのです。
(って、少し大げさな表現ですが・・)


送る側も「このプレゼント喜んでくれるかな・・」とか、
「褒めたいけど、その気持ち伝わるかなー」とか、
送る側もちょっとドキドキだったりもします。


それが、「そんなことないよ」とか「いやーいいのに」と言われたら、
謙遜とわかっていても・・・。
「あーー^^;・・でも、うけとってよ・・・」とか、
「迷惑だったかなぁ。。ショボーン」というような、
何ともいえない気持ちが、一瞬でも残ったりします。


ということで、受け取る側は、まずは「ありがとう!」で受け取ってみる☆。

「ありがとう」を伝えることで、

お相手の「気持ち」を「有難く頂戴します^^」と伝えることができます。


言葉に、感情がこもれば、更に素敵☆。
「きゃ~嬉しいぃ!!ありがとう(><)☆」!!!

送った側も、受け取ってくれる人の反応がよかったら嬉しいものです^^


私は長年。。
褒めてもらっても「そんなことないです~ぜんぜん (´`;)」としか
言えませんでした。
もちろん、セルフイメージが低すぎて、

「そんなことはない」と思っていたのも確かですが、
それに加えて、こそばゆくて、はずかしくて、受け止め切れませんでした。
せっかく言っていただいているのに・・・。


でも、送り側の「送りたい」という気持ちを、
受け側が「有難く受け取る」ことで、
お互いの気持ちが良くなるということを知って、
ちゃんと頂いた好意は、有難く受け取らせていただこうと思いました。


人と人のコミュニケーションは、双方向。
双方向の意思の疎通ができてこそ、気持ちよく成り立つものです。


「あげたい」という気持ちを、「うけとる」ことで満たす。
「うけとったので、お返しをしたい」という気持ちが芽生え、
「あげたい」という気持ちを返す。それをまた「うけとる」ことで満たす。


お互いが満たされ、ハッピーハッピー。

そんな気持ちの行き来が、温かいコミュニケーションなのかな♪と。
私は思いましたので、もしよかったら、ひとつの考えとして
読んでいただければ嬉しいなぁと^^ 思います。


受け取り上手になると、情報やお金の受け取り方も上手になるらしい!

という内容は、また次の機会に・・・ということで、

最後までお読み頂きありがとうございました゜.+.(♥´ω`♥)゜+




【お知らせ】

ご訪問ありがとうございます。

2011年11月1日より、「パンとワインと音楽と私・・」というブログ名から、

「らく~にゆる~く生きる方法」というブログ名に変更してスタートいたしました。

つたない文書ではありますが、今後とも何卒宜しくお願いいたします。

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前に進みたいのに、進めないときがある。
やってみたいことがあるのに、決断できないときがある。

どちらかを選ぶ決断を出したいのに、だせないときがある。


そんな時は、案外、以下の2つのケースで結論を出せない場合が多い。

1)「他人軸」で考えているケース
2)「過去の経験」が邪魔をしているケース


「他人軸」で考えているケース。

やってみたいと思っている事に挑戦してみたいのだけれど、
「~さんにどう思われるかな。。」
「~さんに心配させるかな。。」
「~さんに○○と思われたら嫌だな・・」
と思っては、自分の声がかき消されてしまったりする。


「~さん」というのが、けっこー身近な存在が入るケースが多いから、
これまた厄介。


例えば、お母さん。お父さん。友達。尊敬する先輩。etc・・・。


過去の経験が足かせとなっているケースは、

「あのときと同じようになったら嫌だなぁ・・」と思ってしまう場合など・・。


過去の思い出の中で、少しばかり"負"の感情を伴った経験が存在すると、
なかなかに決断しずらいもの。


しかし!!!
本当にやりたいことを、「他人軸」で決断したいと思っているのだろうか?
「過去」に起きたことが、絶対にまた繰り替えされる保障はあるだろうか?


むしろ!!!
自分が本当にやりたいと思って始めた事、決断した事を、

自分が大切にしている周りの人たちは、

祝福してくれたり、
応援してくれるのではないだろうか。

立場が逆だった場合、自分もその人の決断を、

祝福や応援をするのではないだろうか。


もし仮に、

「~さんに○○と思われるのが嫌だったから、
自分のやりたい事は諦めたよ^^ あはは~」と言われて、
嬉しいだろうか!?


私は悲しいです。。。orz


「お母さんに心配かけたくなかったから、○○は諦めたよ~」と言われて、
お母さんは本当に嬉しいだろうか。。。
(勿論、法律に触れるようなこと意外で・・・・)


私が母親で、子供に言われたら、凹むかもしれません。


はたまた、
「過去に起こったこと」が、この先”絶対”起こるという確証はあるのだろうか?


むしろ!!!
「起こっていないこと/起こるとは決まっていないこと」を、心配してはいないだろうか


それに、その当時は”失敗”だったかもしれないけれど、
そこから学んだことはなかっただろうか?


勿論。正解は無し。

他人軸が"楽"で、それが本当に幸せ。であるならば、
自分軸の思考を押し付けるのは、その人にとってはストレス。


ただ。
やりたいことが見つかって、悩んでいる理由が上記のようなことであれば、
ちょっとだけ勇気を出して進んでみるのもいいかもしれないと、

私は思う。


小さな一歩でも、踏み出したことで見えてくることは、大きなことかもしれない。

物事に失敗はない。

出来事に「意味」や「感情」を与えているのは、自分

もしも、結果が思わしくなくても、そこから学んだ事柄をフィードバックして、
また前に進めばいい^^)b


失敗しても、自分が「あれはあれで、良かった」と思えればそれで良し!


迷ったときは、ちょっと立ち止まって、「自分はどうしたいか」。
これを明確にして、ちょっとだけ勇気を出して進むことで、既に前進!


と、私はこのような考え方を知って、だいぶ救われたのです^^


勿論!このような考え方も、むりせず、ゆる~りと、できそうな時にやってみて、

だんだん慣れていけばいいと思います☆。