「あぁ卒業式で~泣かない~とー冷たい人~と言われそぉー♩」

斉藤由貴さんの歌、だいぶ前に流行ったけれど、今でも歌い継がれる名曲になっている。が、私の年齢ともなると「卒業式」に出席することはまずない。その部分は「お葬式」に言い換えるとピタリとはまる。最近お葬式に出ることが増えた……。

「お葬式で泣かないと冷たい人と言われそう……」

 

 あんなに泣き虫だった私がいつからか涙を流さないようになったのには訳がある。両親のしつけだと思っている。

「泣いたら恥ずかしいよ」

「泣いてごまかすことはできないよ」

「泣いても何もいいことはない。泣いても事は前に進まない。思い通りにならないよ」

「そんなに泣いたら、将来本当に泣きたいときに涙が無くなっちゃうよ」

何度言われたことだろうか?

 

 私にだって言い分はあった。欲しいものが手に入らないからって泣くような私ではない。自分が正しいのに信じてもらえなかった時、合っていたと思っていた解答にバツがついた時、教えてもらっていないことができなくて指摘された時とかに涙が止まらなくなるのだ。

 

 そんな状況が無くなった今は泣かない。お葬式でも泣けない。泣いてその人に会えるなら泣くだろうけれど、そんなまさかはあり得ない。

 

 本当は泣くっていいことなんだって。最近よく耳にする。「心の浄化」ってことは、他人に冷たい人間と思われ、心にありとあらゆるものをため込んでいる私?ワーワー泣かなくてもせめて涙を流せるようにならないと。

 

 一方の母、私にあれだけ泣くなと言っておきながら、涙もろい。そして、最近よくある幼子虐待のニュースに心痛めている。

「あんなにかわいい子をどうしてたたくの⁉考えると夜も眠れない」

とさめざめと泣くのだ。80歳を超えた今ではさすがに言わなくなったけれど、以前は

「そんなことをするくらいならうちの玄関に置いてくれれば育てるのに」

なんて言っていた。母は小さい子どもが大好きだ。愛情あふれる母だが、厳しくしつけた結果、自分の娘は冷たい人間に育ってしまったか?