小さく生まれて、食も細かった私だが、好き嫌いはなかったように思う。

「なんでも食べなさい。好き嫌いはダメ!」

と言われた記憶はない。

 

 小学生になってからは、給食も残さず食べた。一年生の一年間だけは、あの脱脂粉乳も飲んだ。(これをご存知の方は高齢者のお仲間に入ります)のちのちよく話題に上った。ほとんどの方が

「あれはまずくて最悪だった」

とおっしゃる。あれをおいしいと言ったら、

「オマエ、家でどんなもん食ってるんだよ」

「beachanの舌、変わっているよ」

って言われそうで

「ああ、あれね~。あったよね~」

と答えることにしていた。私は嫌いじゃなかった。

 

 そんな私に神様はご褒美をくれたのだろう。細かった私だが、みるみる大きくなり、それに伴って食欲も増し、中学一年生の頃は、朝食に食パン一斤を平らげたこともあった。163センチ、45キロというスレンダーな時代はあっという間に過ぎ、高校時代は60キロ定着。

 

 さて、給食の思い出の中で、一つだけ胸キュンするものがある。中学三年の時、当時、各教室の暖房器具は『ダルマストーブ』だった。毎朝、日直が校舎の裏に山のように積まれているコークスなるものをバケツいっぱいにして教室まで運ぶ。ダルマ型のストーブに火を入れ、コークスを入れる。しばらくすると、教室が温まる。でも直火だから、そのストーブの前の席の子は、いつも顔を真っ赤にしていた。

 

 ある時、一人の男子生徒がそのストーブでパンを焼くことを考えた。私たちの頃の給食は、ご飯などはメニューにない。たまにうどんが出たが、ほぼパンだ。しかも必ず食パン。マーガリンがついてくるが、冬場は固まっていて、上手く塗ることができない。その男子は、先割れスプーンをパンのミミから差し込んで、ダルマストーブに近づけて焼いた。

 

 そのうちに、みんなが真似するようになった。給食の時間になると、一斉に椅子を持ち寄り、ストーブの周りはたちまちいっぱいになった。一時は場所取り合戦となった。が、間もなくそれは鳴りを潜める。だってとにかく熱いんだもの。先割れスプーンも熱伝導でこれまた大変。

 

 でもパン好きの私は、スプーンに可愛いハンカチを巻いて、顔を真っ赤にしながら焼いた。最後はその考案者の彼と二人だけが残った。椅子に座って黙って焼いた。ちょっと気になっていた彼と二人だけで毎日毎日黙って焼いていたっけな。

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