父は麻雀が大好きだ。今では全くやることはないが、時々テレビで見ている。

 

 私が小さい頃、日曜日には、我が家にお仲間が集まり、ジャラジャラ始まる。土曜日の夜からの時もある。家の奥に小さな和室があり、そこが麻雀部屋となる。煙草の煙がモクモクして、畳に焦げ跡もあった。夜私たちが寝る頃になってもその騒音は止むことはなかった。私たち子どもはいいよ。すぐ眠れる。けど、母は、ストレスだったろう。翌朝、決まって眉間にしわを寄せていた。それでもご飯を差し入れたり、お茶を出したりしていたのだから、母もすごいね。今の時代じゃあ考えられないね。

 

 そんな環境で育った私は、麻雀イコール悪、不良の遊び、という式が頭に刷り込まれていた。が、いつの間にか私は父の麻雀姿を見なくなった。

 

 長い時間が経ち、大学生の頃、男子のお供で雀荘に行った。興味があったのだと思うが、頭と心にバリアーが張られ、ロックがかかった感じだった。

「トランプのセブンブリッジのようなものだよ」

って聞かされた。それは確かに、基本はわかるよ。私だってトランプでやったことはある。でも全然違うよ。複雑なんだよ。何より、あの煙草の臭いに我慢が出来なかった。

 

 更に長い時間が過ぎ、長男次男がそれを覚え、楽しんでいるのを知った。どうも好きらしい。当時はまだ学生の彼ら。勉学、スポーツ、大丈夫?小さい頃の記憶がよみがえり、母として心配もした。これから先、どっぷりはまらなければいいが。結婚してお嫁ちゃんや子どもをほったらかして遊ぶなんてこと、やめてよね。とりあえずその時は「隔世遺伝」だと思って広い目で見ることにした。

 

 自分が50歳を過ぎ、お友達に誘われた。10歳以上も年上の彼女、ボケ防止にお稽古に行っていると言うのだ。今はレディース麻雀が流行っていて、「飲まない、賭けない、吸わない」をモットーにした「健康マージャン」らしい。いやいや、それを聞いたらやるべきでしょう、と私の心はすぐに動いた。

 

 そしたら、まあ、何と面白いこと!牌をつむところからドキドキ。私はとても手が大きいのに、うまくいかない。

「beachan、ゆっくりでいいわよ」

と先輩方に言われ、余計に緊張し、最後は一個ずつ積む。逆に、バシッと積めた時は、勝ったかのように爽快だ。対局前から楽しい。そしてあの感触が小さい頃からやったピアノを思い出させる。さらに、あの牌を持ってくるときの高揚感と言ったら最高!そしてこのゲーム?の奥の深さに感動する。常々、野球と共に、これはいったいどなたが考案したわけ?と感心している。

 

 「隔世遺伝」じゃなかった。もう少し早く麻雀に目覚めたかった。そして、長男次男に加えて長女の婿殿が最強の助っ人となりメンバー4人がそろった。父は何年ぶりに牌に触れただろうか。87歳のお誕生日に麻雀大会を開いた。その日、私は裏方に徹して、お赤飯なんか炊いちゃった。参加したい気持ちはあったが、私のような初心者が加わってもリズムを乱すだけだしね。親孝行な娘だと自分をほめた。

 

 さて、今、子ども達は、それぞれ仕事で家を離れたり、子育て真っ最中だったり。私の道楽につき合わせることはできないよなあ。仕事を持つ私はお友だちとも1年に1度くらいしか麻雀を楽しむことができない。だから私は「ほぼほぼ初心者」からなかなか脱せない。いつか子ども達が相手してくれるかなあ。          

 

「ほぼほぼ初心者」の私ですが、運が良ければ

こんなにすごい上がり方もできます。それが

麻雀の楽しいところニコニコ

 

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