10年ほど前だったか、母は補聴器を購入した。と言っても本人が希望したわけでなく、聞こえの悪くなったことを心配して、妹と私で半ば強引にお店に連れて行き、無理やり買ったのだ。

 

 母はちっとも装着しなかった。その頃はまだ父が生きていたし、電話にしろインターホンにしろ、困ることはなかったのだ。ただ、

「おかあちゃんと一緒にテレビを観ているとボリュームが大きすぎて、うるさい」

「大声で話さなきゃいけないから、いつも怒鳴って喧嘩しているみたいだ」

と、父は言っていた。そして

「せっかく高いお金を払って買ったのだから、見せびらかすようにつけなきゃ」

と続く。

 

 母の言い分は

「ガーガーうるさい割によく聞こえない。それに落としてなくしたらもったいない」

って、後半部分はどう考えてもおかしい。

 

 お店の専門家さんがおっしゃる。

「耳の聞こえが悪い方は徐々に悪くなって、長いことそのままにしてしまったわけです。長いこと、聞こえない静かな状態に慣れてしまったのです。人間の脳は自分が聞きたいことと不要な音を取捨選択しているのです。ですから、最初はうるさく感じるかもしれませんが、なるべく補聴器をつけて、学習していくのです。」

 

 ほら、きた!私の興味深い話、脳科学?脳についてだ。例えば、人との会話ではそれだけが聞こえるように脳が働いているらしい。ということは、赤ちゃんの耳は最初は全部の音が雑多に入ってしまうということ?そこから、自分の聞きたいことだけを選べるように脳が成長?していくということ?

 

 私は赤ちゃんに戻れないけれど、もしもこれから年齢と共にさらに耳が遠くなり、補聴器が必要になったら、それが体験できるってことだ。補聴器を付けたときの感覚。最初はうるさいかもしれないが、その後、慣れていくに従って私の脳は本当に生活音、雑音を排除できるようになるのかな?必要な音だけを拾うことができるようになるのかな?進化していくことができるのか?年を経るに従っていろいろな衰えが出てくるのは寂しいけれど、それを楽しみにしたっていい。何事もポジティブに考えたい。

 

 それにしてもヒトの脳ってすごいわ。今では、母もそれなりに補聴器に頼るようになりました。が、

「お客さんが来るから」

とか

「歯医者さんの日だから」

と言って、必要最低限しか付けない。

 

 「おかあちゃん、それじゃあ、ダメだよ。もっと頭良くなるために毎日なるべく長時間付けてよ」