その日のパルム会はピノの話から始まった。
「先日、私、園で問題起こした‥‥‥」
確かに集まった時からピノの表情は固く、口数も少なかった。
「なになに?じゃ、今日の話題はそれぞれの反省事項!」
いつもながら、ミホリンの声は大きい。
「ウチの園では朝のお迎えバスの後、子どもが全員降りたかどうかの確認をドライバーさんがやることになっているんだけどね。補助で乗っている先生も確認するのよ。その日、私だったんだけど、それが甘かったのね。3歳児が車内で寝ちゃっていて。ドライバーさんも十分じゃなかった。そういうときのためにダブルチェックする仕組みなのに、それが果たせなかった。その子のクラス担任が気づいて、大ごとにはならなかったんだけど‥‥‥。ウチの園長、厳しいから、すっごく怒られた」
「いや、それはまずいわ。当たり前だよ。子どもの命にかかわることだよ。ピノ、そこは反省だよ」
「もちろん反省してる。でさ、翌日には保護者説明会だよ。園長、きっちりした人だからさ。謝罪した。何もなくて良かったって心の底から思った。胸をなでおろした。でも誰にもバレてないわけよ。親から指摘があったわけでもないし。説明会、やる必要ある?」
「それそれ、その考え方がダメなの。ピノは反省してないじゃん!」
リリのぴしゃりとしたひと言にピノは口を閉じて、下を向いてしまった。
ミホリンが続いた。
「この前、ウチでも問題があって説明会開いたらさぁ、いつもお迎えにも来たことないパパがTシャツにジャージで現れた。見たことないパパにみんな誰?状態よ!こういう時だけ来るんだよね-」
あまりにもピリリとした空気だったから、ミホリンが1度、ブレイクを持ち込んだ。
「いやぁ、何かあったらと思うとぞっとするよね。1日を振り返って『あの時○○だったら』とか思うこといっぱいあるよ」
「そもそもそのバスに乗る先生が毎回変わるって、ピノの園、おかしくない?1人の先生が必ずやるとか、決めた方がよくない?」
「園事情でなかなかそううまくいかないのよ。もともとスタッフの人数足りないくらい忙しい」
お酒の量が増すにしたがって5人の口調も激化してくる。いつものことだ。
「世の中で園バス内置き去りは過去にも何回もあったし、この前は給食でウズラの卵を詰まらせたよね」
「いつだったか、物置に入っちゃたとか入れられちゃったとかっていう事件もあったじゃない?」
「保育士、先生、って子どもの命預かってるってことだよ。子どもがかわいいだけじゃ務まらないよ。その割に給料は安い!」
「ウチの園に、我が子を保育園に預けて、働いてる先生がいるのよ。なんか、おかしくない?」
「あたしは、将来子どもができたら、絶対に保育園に預けないだろうな。ま、家計が許すならってとこだけれどね」
「あ、あたしも~」
5人全員が頷いていた。
しょげ返っていたピノもアルコールが勢いをつけた。
「自分の子育てだって不注意は起こるし、お昼寝中に突然死とかもあるわけよ。そりゃあそりゃあ悲しみは深いと思うけど、保育園でそんなことが起こったら、その悲しみの深さを怒りに変えてこっちにぶつけてくるじゃない?ま、そんなことめったに起こらないけど。
説明会にはメディアがこぞって現れてさぁ。おっきなニュースになって子どもを亡くした親は顔隠してテレビで言いたいこと言って。園側は、顔出ししてひたすら頭を下げる。おかしいよ、世の中‥‥‥。ほんのちょっとしたミスなのよ。それまで、毎日どれだけ注意を払って保育してるか……。あってはいけないミスだけど、親だってミスする。私たちは他人の子だからって手を抜いているわけじゃない。子ども、何のために生まれてきたんだろうって、たった数年で命の灯が消えるなんてかわいそう過ぎる」
ピノは泣き上戸なところがある。でもいつもなら「ウチら」ってところを「私たち」と言うのだから、ピノの心の内は察するに余りある。
もともと自分の不注意から起こしてしまったのに、保育士としての不満にすり替え、最後に子どもの気持ちになっていく。全く筋が通っていない。ピノの頭の中はゴチャゴチャなんだろうな、と雅実は思った。
「そもそも初めて歩いたこと、親に内緒って笑っちゃうよね。『初めて我が子が立って歩く姿を見るって、親としての感動は計り知れないものがある。だから内緒にしましょう』っておかしくない?保育園でトコトコ歩いていても『歩けません』『歩いてません』ってさぁ」
コレエダが怒りと笑いの交じった顔をした。
「国が、『女性も働ける社会を』って言うのはわかる。今回だって、早苗が総理濃厚だよ。女性初だよ。でもさ、現実見てごらんよ。女性の国会議員、未婚も多いし、子どもいる人なんてわずかだよ。しかも大体1人。お金ばらまいたって、子どもは増えないよ。
女が子育て、ってのは私も反対だよ。女性が働く社会を望むこと、子どもを増やすこと、これはね、相容れない政策だね。男でもいい、少なくともある時期まではどちらかがじっくり子どもと向き合う子育てをして欲しい。本当に初めて歩いた姿を見てほしい」
ミホリンが最後にまとめる。
雅実は、4日間も休んでいる颯真くんにそろそろ会いたいと思いながら、バッグから財布を取り出した。
「明日は会えるかな?」
そろそろお開きの時間だ。
不定期に続きます![]()
