専業主婦を貫く純子が実家の幼稚園に出入りするきっかけとなったことがある。それは父、浩一の突然の死だった。 大好きだった優しい父への思い。決して甘やかされていたとは思わないが、いつも純子の考えを尊重してくれた。じっくりと話を聞いて、味方になってくれた。時には父もはっきりと純子に意見してくれた。

 

 そんな父への思いがあったから、毎朝実家へ行き、お線香をあげて手を合わせたあと、幼稚園の周りを掃除することにした。それは日課となった。

 

 ちょうどそのあとから、祖父のことが大好きだった翼が、学校に行きたくないと言い始めた。母が幼稚園の園長、祖父が創設者、言ってみれば「教育に携わる一家」に生まれ育った純子は、「学校」というところは行くべき場所と思っていた。何の迷いもなくそんな生活をしてきた純子には我が子がなぜそうなるのか、理解ができなかった。

 

 毎朝、学校まで送る。ボランティアのおじいちゃんおばあちゃん、指導員さんが集まっている。他にも数人ギリギリに登校してくる子どもがいる。でもどの子も重いランドセルを背に笑顔で走ってくる。

「セーーーフ!」

「間に合ったぁ」

と自然に門に吸い込まれていく。翼のランドセルは、いつも純子が持っていた。翼は彼らをうつろな眼差しで見ていた。

 

 ガラガラと重い扉が閉まる寸前に純子は翼と2人で滑り込む。

「翼くん、みんな待ってるよ~」

「おぅ、来たか!偉いぞ」

時々は扉が既に固く閉ざされていることもあった。それでも純子は翼を学校に行かせることに必死だった。

 

 スクールカウンセラー、支援学級の先生、自治体の相談員、精神科医、あらゆる場所を求め、足を運んだ。夫の大輔は会社を休んで一緒に面談を受けたり、相談に行ったりしてはくれたが、どうしてもほとんどが純子の負担になっていた。

 

 純子は書物からも知識を得ようと必死だった。図書館で手当たり次第に関する本を見つけては借りて読み耽った。今ならばある程度の診断がつく。が、当時は何らかの障害があるけれどもはっきりとしたことにたどり着けなかった。「ADHD」などという覚えにくいアルファベット数文字を目にするようになった頃だった。親の育て方が悪い、といった風潮もあった。

 

 望んだ専業主婦として、翼が生まれたときから子育ても一生懸命にやってきた。むしろそれが悪かったのか?翼を甘やかせたのか?純子は焦っていた。これでいいのか、悪いのか、時間だけは決まった速さで過ぎていった。

 

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