孫Cくんが遊びに来た。というよりプロ野球を見に来た。
「おじいちゃんちのテレビの方が大きいから迫力が違う」
なんて生意気なことを言って。今、プロ野球は日本シリーズで盛り上がっている。
どうした経緯か、学校の体育の話になった。Cくんは運動が得意だ。が、
「ぼくさぁ、跳び箱が跳べないんだよね」
と言う。夫は体育が得意だったし、私も跳び箱はいつの間にか跳べるようになっていた。こういうことって、できる人はどうしてできないのかがわからない。私たちはできない人を批難したりはしないが、Cくんが跳べないことが信じられなかった。
Cくんがなんとなく居間にあった座布団を二つ折りにして、何枚も重ね始めた。跳び箱に見立てて、練習しようと思ったのだろう。そうなったら、野球観戦はそっちのけ。
私もこういうことには協力したい。でも当たり前だが、座布団さんも自分の役割を主張するようにそれぞれが拡がろうとする。
「おばあちゃん、座布団おさえて!」
と言われて手を添えるが、それじゃあ跳べない。
「跳ぶ寸前に手を放してね」
って言われたけれど、そうそううまく事は運ばない。
すると、野球を観ていた夫がいきなり四つん這いになり
「ほら、跳んでみろ!」
と言った。何回やってもCくんは夫の背中にドスンとお尻を乗せるだけだった。
「怖がってないで思い切っていかなきゃ跳べないぞ!」
って夫は言うが、そんなアドバイスで跳べるようになるの?相変わらずスパルタだ。
私はその時、我が子たちが小さかった頃のことをあれこれと思い出した。
夫は家事全般は私任せ、何もしない人だったが、子育てには全力投球だった。特に体を動かすこと。水泳、スキー、スケート、自転車、竹馬、一輪車、キャッチボールの相手もした。
スキー場では子どもの身体を後ろから支えながら一緒に滑る。さらに自分が後ろ向きになり、上体を曲げて子どもの正面からスキー板をつかみ、向きをコントロールしながら滑ったりもする。夫の顔は汗びっしょりだ。
「ハの字、ハの字、前傾姿勢!」
と叫びながら。子どもはおとうさんの肩に手を置いたり、ストックを持ってみたり。私は
「3歳の子にハの字と前傾姿勢はわからない」
と思っていたけど。
子どもらが高校時代には、練習試合にもかかわらず、何時間もかけて応援に駆け付けた。野球もバスケも今のようにスマホではなく、そこそこ重たいビデオを抱えて、その姿を撮り続けた。
小学校のマラソン大会が近づくと、夜、家の周りを一緒に走ったり、タイムまで計ったりした。我が家にはその頃活躍したストップウォッチが今もある。
大会前日、長女が私に
「明日、マラソン大会だ」
と言ってきたので私は
「頑張ってね」
と言った。すると彼女は
「どうしてそれだけなの?『1位になって』って言わないの?」
と言うではないの。私は
「それを求めるならおとうさんでしょ!」
って言っちゃった。案の定、夫は
「絶対1位になれよ!」
って力を込めていた。
水泳の練習では、市営プールに行き、平泳ぎの足の動かし方が違うと 夫は手で子どもの足をつかみ強引に動かす。次男は泣きながら泳いだと言っていた。今では家族が集まると、笑い話になる。
そうだそうだ、子どもたちが独立し、この夫の良いところ、すっかり忘れていたわ。子どもたちのためによくやってくれたな。子どもたちもよくそれについていったな。自己中な指導で、子どもたちがその頃喜んでいたとは到底思えない。だが、
「オレは、100Mを10秒で走れとは言ってない。できないことも小さい頃からやれば、できるようにはなる」それが信念だったと後に言っていた。そうした父親の気持ちを理解してか、子ども達も大人になった今では、様々なスポーツを楽しめる喜びをわかって感謝しているようだ。
私も小さい頃、夫のようなおとうさんに泳ぎを教えてもらえたら、もう少し水泳が好きになっていたかも。
さてと、今日は夫の好物のコロッケでも作るとしようか。
いや、そんなことより、Cくん、跳び箱、頑張れ~!
