自分がそういう年齢になったってこともあるが、時代も変化している。「墓じまい」そんな言葉が私の周りで飛び回る。「家督相続」なんて言葉は死語だ。今は親との関係を書く公的書類でも「長男」「長女」「次男」などとは書かず「子」で良いらしい。
「子どもに迷惑をかけたくない」
親はその一心で片付けに励む。最近は墓じまいをなさる方も多い。
夫は長男である。かつては養子をもらってまで存続させてきたようだ。かと言って
「ご先祖さまがこんな足跡を残している立派な家だ」なんて話は聞いていないけれど。そして、夫は長男意識が極めて高い。「墓じまい」なんてこれっぽっちも考えていない。
ちょっと大きな声では言えない話だけどね。夫によると、義父はとてもわがままで横柄な人だったようで(今、私はそれほど感じないけれど)義母はいつも
「同じお墓に入りたくない」
と言っていたらしい。その頃、自分が先に死ぬことなんて考えてもいなかったようだ。が、義母は60代でガンで亡くなった。
その時の夫や義妹弟の姿と言ったら、悲しみで、もぬけの殻状態だった。優しい義母だったので、私も悲しくはあったが、どうやったら立ち直れるのか、と思いつつやるべきことに追われた。
ある日、夫が急に
「お袋が遺言なんて遺していないだろうなあ‥‥‥。そこに『私は墓に入りません』なんて書いてないだろうなあ‥‥‥。いっつも『私の骨は散骨して』なんて言ってたんだよな」
とボソッとつぶやいた。
「見つかってもその内容だけならば内緒にしていれば良いんじゃない?」
私は思ったものの夫には言えなかった。大好きなお母さんの思いを尊重したい、一方で自分も入るであろうお墓に入って、丸く収まって欲しい。揺れる夫の気持ちがよくわかった。
その後、そんなものが見つからなかったことに夫はたいそう安堵していた。辛いながらも日々、時間は過ぎていった。
そうして20年が経つ。私は夫と同じ墓に入りたくない、などとは思っていない。片や、死んでも絶対一緒がいい、とも思っていないんだけど、ごめんなさい。ま、私ってこだわりがないってことで。
お墓は形だけのもので、自分が亡くなった後、空の上で、両親(あ、実母はまだ健在ですが)、伯父伯母、叔父叔母、従兄弟姉妹、知人に会って
「あぁ、会えた会えた」
って言えればいいや、なんて考えている。現実的な私が最近そんなことを想像するようになったのだから、年とったなあと思う。
義妹が先日、お墓に行ったそうだ。そして、夫にラインで写真を送ってきた。
「お兄ちゃん、お墓の草が大変なことになっているよ」
と墓の周りの雑草が結構な高さにまで育って青々としている写真。そこに「アフター」写真はない。
春の彼岸にお墓参りをし、日々の雑用に紛れ、夫も私もすっかりお墓参りを怠っていた。お盆のお迎えや送りも義実家はお墓へ行く道の途中までしか足を運ばない。
今までは義父がそれを全部担ってきた。それが認知症になり、すっかり手をつけなくなった。私たちにとって初めてのことばかりで、そのことに追われ、お墓のことをほったらかしにしてしまった。バチが当たるかな?
でも私はこんな風にも思う。実の娘ならば、そして大好きだった自身の母親がそこに眠っているならば、自分が草むしりをしてくればいいのでは?と。考えても考えても義妹がどういうつもりでその写真を兄(私の夫)に送ってきたのかがわからない。そして夫は
「大変失礼しました」
のひと言を返信している。
あ、私が常日頃から夫のスマホを盗み見ているわけじゃないですよ。夫はなぁんにも考えずに私に
「お墓がこんなになっちゃってるらしい」
と義妹とのラインのやりとりを見せたのだ。
私は義実家のお墓は年に数回しかお参りしていないが、実家のお墓は月に1回は行っている。実家に行った帰りに寄る。夫には内緒だ。言ったところで、夫は怒ることはないが、その回数の差に、ションボリしそうだから。
私は実家の墓に参り、
「おとうちゃん、来たよ」
と言って、ほんの少しでも緑の葉っぱが見えると、つまんでくる。もしも草が伸び放題になっていても私は長男である弟に写真を送ることはないと思う。1人黙って整えてくれば良い。
やっぱりわからない。義妹の行動が理解できない。義妹は、フットワークの良い人で、他人に不快感を与えるような人ではない。だからこそ、の私のモヤモヤだ。
最終的には
「墓守は長男がすべきもの」
ここに落ち着くのか。もしかして、長男の嫁、責められているのかな?
私は結婚前に、父に
「長男の家は大変だ」
と言われた。暗に反対されたようなモノ。彼にそれを伝えると
「オレのウチはそんな家柄じゃない」
と。それを信じたけれど、やっぱり彼は長男だった。義妹も太鼓判を押す「お兄ちゃんは長男だよ」ってことか。