春には出会いや別れの歌、夏には海とはじけるような若者の歌、冬には寂し気な演歌だったり、クリスマスやスキーにまつわる恋の歌、季節ごとにすぐに頭に思い浮かぶ曲はある。けど、秋って案外ないものだと気づいた。
唯一思いついたのは、百恵ちゃんが歌った『秋桜』だ。秋桜と小春日和 。物悲し気な曲調と百恵ちゃんの憂いある歌い方がマッチしていた。あの前奏は気に入っていた。
が、あるとき歌詞をじっくり聞いて、なんだか受け入れられなかった。そしたら、ある方のブログで、私が感じていたことと同じようなことを記事にしていらっしゃったのを見つけた。
「庭先でひとつ咳をする」
「何度も同じ話くり返す」
縁側に座った女性がお茶をすすり、小さな声で話をする絵。そこに浮かぶのは背中の丸まったおばあちゃんに他ならない。これはお母さんではなくて、おばあちゃんと孫だ。
いつだったか、武田鉄矢さんが、『贈る言葉』について、
「あれは失恋した別れの歌で、卒業には、まったく関係ないのに、ひとり歩きしてしまった。今では全国の学校で歌われちゃって、まあ、それはそれでいいんですけど」
って。確かに「暮れなずむ」時間帯に卒業式は行われない。それでも鉄矢さんの「金八先生」のイメージと恋人との別れにしてはあまりにもさわやかなメロディー、格言のような歌詞が、卒業式に結び付けられてしまったようだ。現在も卒業ソングとして歌い継がれている。
歌謡曲って不思議だ。曲調が気に入ってスーッと胸に響くもの、歌詞が直に心に届くもの、歌っている人の声に魅力を感じて好きになるもの、色々だ。そして、ライターの意図するところとは違っても受け取る側のそれぞれでいいのだから。
あ、それで結局私が「秋」を感じる曲は
「む~らの鎮守のか~みさまの~♫」
という『村まつり』と
「あ~きの夕日に~照山も~み~じ~♪」っていう『もみじ』
「まっかだなぁ~まっかだなぁ~つたの葉っぱがまっかだな♩」
の『真っ赤な秋』
の童謡でした。
童謡、 素晴らしい曲がたくさんある。懐かしくて時に口ずさみたくなる。これは年齢的な理由かな?
