孫Cくんがボーリングを知り、絶賛ドはまり中。ということでばあちゃん、行ってきました。何十年ぶり?

 

 私が初めてボーリングをやったのは小学校2年生の時。夏休みに母の実家に1週間ほどお泊りするのが恒例だったが、その際に叔母が連れて行ってくれたのだ。母の兄弟姉妹は割とスポーツが得意で、長男である叔父さんはシューズはもちろんのこと、マイボールまで持っていたらしい。


 ボーリング、流行ったなぁ。

「律子さん、律子さん、な、か、や、ま、律子さん♫」

なんてテレビでやっていたけど、あれはなんのCMだったのか、忘れた。


 一番下の叔父は298点なんてたたき出したこともあったと。なんでもちょっとした大会に参加したらしい。そこにゲストで演歌歌手が来ていた。最初はそちらでワーワー歓声が上がっていたが、叔父がストライクの数を増やすごとに注目が集まり、最後はとても緊張して、パーフェクトを逃したと。

「唯一の自慢話だよ」

って、笑ってた。

 

 話を自分のことに戻す。私は8歳の時に独身の叔母に連れられて、いなかのボーリング場に行った。年子の弟とやはり7歳の従兄弟と、4人でやった。もちろん叔母はいいセンいっていた。子どもながらにわかる。初めてでもわかりやすい。たくさんピンが倒れればいいんだもの。

 

 ところが私たち3人、Gばかり。その頃はガターをガードするような優れものはなかったし。1本倒れただけでも大喜び。そのうち、子ども同士で相手のガターを喜ぶ。3人の得点はどんぐりの背比べで19、21、23点で7歳の従兄弟が勝ち。


 叔母は常日頃から

「beachanはかわいいなあ」

ってなにかと私のことを誉めてくれた。1番上の姉さん(母)の長女であった私は、叔母にとって初めての姪っ子。とてもかわいがってくれた。その叔母が笑顔ではあったが

「みんなを連れてきて、損した気分。50点くらいとれると思ったんだけどなぁ」

と言ったのが私にはショックだった。

 

 その後、学生時代やOL時代にも仲間とワイワイガヤガヤやった。結婚してからも子どもらとやったなぁ。だから、スコアーもつけられたし、今でも忘れていない。私のベストコアーは20代の145点です。

 

 今回、スコアーは2人とも100点に届かなかった。それでもそれぞれストライクが出たし、私は満足だった。Cくんは私に負けたと悔しがっていた。こういう時に手加減をしないのが私流。相手が8歳であっても。


 こんな機会を与えてくれて、私は感謝している。楽しかったんだもの。





 それにしてもだいぶ前から、レーンの上にモニターがあって、スコアーが映し出されるようになった。昔は鉛筆を持って、紙に書きこんでいた。計算もしたし、ストライクやスペアーのマークも書いて、塗りつぶしたりした。

 

 私は、これこそ、アナログに戻したらいいんじゃないかと思うけれど。だって、ボケ防止にいいんじゃない?