「今が一番幸せな時よ。かわいいわね」
長女は育休中にベビーカーを押してスーパーで買い物をしている際に、何度も高齢女性から声をかけられたらしい。彼女は少しだけ微笑んでその方の目を見て頷く。
「ありがとうございます」
と言いつつ、心の中では
「えっ?今何と?どこがどうなったら今が1番ハッピーなんて言えるの?」
そう思いながら。
とても「今が一番いい時期」とは思えない。小学生から生まれたての赤ちゃんまで4人の子を抱えるママとしては。毎日時間に追われる忙しさだ。その後は会社復帰が待っている。子育ての大変さは私も経験したからわかる。そして、そのおばあちゃんが言った言葉もわかる。
今思うに、子育ての忙しさって忘れるのだろうか?トイレを我慢し、自分の時間なんて一切取れない。なにしろ食事もまともにできず、立ったままキッチン台の上に置いたパンをかじったこともあった。牛乳で流し込みながら。何にそんなに時間をとられたのか。今なら
「トイレくらい行けや!」
って自分にツッコミを入れる。
初めての赤ちゃんの時は、なかなか寝てくれなくて、泣けば抱っこしていたな。やれ、牛乳をこぼしただの換えたばかりのオムツにウンチだの、子どもの世話をしていたな。うっすらとそんなことが思い出される。
ストッキング1足、買いに行かれなかったこともあった。靴下にスニーカーだけの毎日だったから、急に正装の必要があった時にはあせった。探せど探せど、ストッキングはどこにもない。それほど長いこと必要もなく、ストックを買うことさえしていなかったのだ。夫の帰宅後、夜になってコンビニに駆け込んだ。
今の働くママたちの大変さといったら想像もできないが、職場でお昼に立ったままランチをとることなんてないだろうな、と思ってみたりする。
末っ子が1歳の頃だからもう35年以上も前のことだ。ある日、義母が
「明日、beachan1人でデパートとか、どこでもお出かけしてきなさい」
と言ってくれた。翌日は、誕生日でも記念日でもなんでもない普通の日だった。
「小さい子どもの面倒をみていると、自分の時間なんてないよね。好きなものを買ってらっしゃい」
とお小遣いまでくれた。優しい義母だった。
翌日長男を幼稚園に送り、長女と次男を義母にお願いし、私は近くの繁華街を訪れた。東京西部の小さな街だが、新鮮だった。1人で街を闊歩できるなんて、独身時代以来のことだった。ほんの数時間だったが気分転換としては最高だった。迷って迷って、結果ハンカチ1枚を買った。コーヒー1杯も頭に浮かんだが、何か ずっと使える物を買おうと思った。たった1枚だってすごく嬉しかった。
高級感あふれるきれいなフェイラーのハンカチは憧れの的。実用品でもあり、それを選んだ。そこからたまに欲しくなったり、プレゼントでいただいたりして集まった。
お義母さん、あの時はありがとう。忙しさの中にも楽しさがあった、と今になって思います。私は今、あなたが亡くなった年齢、67歳です。

