「父ともう少しああしておけば良かった」
「父とあそこへ出かけたかった」
「寝たきりであってもいいから長生きしてほしかった」
私にはそんな思いはあまりない。全然ないというと嘘になるが。聞いておけば良かったと思うことが多少はある。
ただ、
「もし父が生きていたら‥‥‥」
と想像することはある。そして、
「あと5年長生きしてほしかった」
と思う。矛盾しているようだが、私の中では大きく違う。「私と」何かしたいのではなくて、父があと少し長く生きていたら今の世の中を見ることができたのに、ってことだ。
「おとうちゃん、あの大谷さん、メジャーリーグでも大活躍だよ。れっきとした日本人の選手だよ」
父は昔から「海外」をよく口にしていた。我が子だけでなく、子どもたちには大きな夢を持って世界で活躍してほしい、なんて思っていたみたい。
私が唯一父から聞いた戦争の話は
「空軍(パイロット)になりたくて、試験を受けたら、身体検査で落ちた。椅子に座ってグルグル回されて、めまいがして落ちた。三半規管が弱いんだろうな」
結局、身体が弱かったから戦争にはいかなかった、出兵しなかった、そんな話だ。そして父はそれをコンプレックスに思っていたか、悔しかったかどうか、定かではないが戦争について親子で話題になることはなかった。もちろん、兄たちの悲しい思い出に触れたくないという理由は大きいだろう。
妹はとても残念がっている。もっと、戦争の話を聞きたかったと‥‥‥。私もそんな気持ちもなくはないが、それよりも父に今の大谷さんを見せたかった。父はスポーツ観戦が大好きだったから。いっつも
「日本人は身体が小さいからスポーツは何をやっても勝てない」
が口癖だった。
今では多くの日本人が、海外で活躍しているよ。おとうちゃんの好きなスポーツは、特に日本人の体格がよくなって、対等どころか、飛び抜けた選手もいるくらいだよ。野球もサッカーも。
父は、何を言ったかな?日本人にしては桁違いの大きな身体を見て目を細めたことだろう。そして
「大谷はやっぱりすごい」
月並みなひと言を発しただろう。
90歳を過ぎてもハリのある、男性にしてはちょっと高い声で話す父の言葉を実際に聞きたかったな。
「大谷はすごいなぁ」
って。