60も後半になると、子どもの年齢も30~40となり、その友人、同級生が亡くなったなんて話も入ってくる。病気、事故、中には自らそれを選んだという噂も耳にした。
親としてはなんとも辛いだろう。しかと覚えているのは今から15年も前、次男の小学校の同級生は大学の研究で山岳地帯を訪れ、数人ずつグループになって山に生息する草花の調査をしていたらしい。ところが、それぞれが熱心に集中し過ぎていたのか、気付くと彼がいない、となった。滑落事故によって命を奪われた。
おかあさまの話の中で
「最初に警察の人に尋ねたの。息子が落ちてからしばらく命があったかどうかって。そしたら、『この状況から、おそらく即死だと思われます』って言われて、私はそれだけでホッとした」
最後の最後に子どもが苦しい思いをしながら助けを待っていた、なんて聞いたら母として気が狂いそうだ。命を奪われたことは、何より辛いはずなのに、なぜか
「それなら良かった」
を1つでも見つけようとする。彼女が警察の人にそんなことを聞いた母としての思いが私にも理解できた。
最近、近所の女性が亡くなられた。まだ50代だ。ご主人のご両親とずっと同居をなさっていた。彼女との出会いは子ども繫がりだったが、子どもたちの年齢が離れていたので、そこから深いお付き合いになることはなかった。むしろそのお姑さんが、お散歩で我が家の前を通ることが多く、挨拶から始まって、日常のお話をすることが多かった。
お嫁さんが亡くなった後は、すっかりしょげ返っていて、会えば必ず
「やっぱり何にでも順番があって、順番は守らなくちゃいけない。私が代わりたかった。孫たちがかわいそうでかわいそうで」
と辛い胸の内を口に出していた。
そう、私の義母だって、母親を遺して先に旅立った。実は、叔父(義母の弟)も以前に亡くなっている。ひいおばあちゃん(義母の母)は息子と娘を見送っている、ということだ。通夜の席、お坊さんのお経だけが響く中、ひいおばあちゃんが、大きな声で言った。
「次は私だな」
そして、叔母さん(義母の妹)が 私にこっそりと
「母親(ひいおばあちゃん)に代わって欲しかった。姉ちゃんと代わって欲しかった」
と言った。涙声で言った。私は何も言えなかった。
この順番だけは守りたくても守れない。