実家で偶然見つけた。それは ごちゃごちゃといろんな物が入った小さな引き出しにあった。明らかに亡くなった父の字だ。新聞の折り込みチラシの端の部分に書いて、ちぎってあった。
 

レガシー  遺産  と書いてあります目

 

 新聞で目にしたのか、テレビやラジオで耳にしたのか、父は覚えようとしたのだろうか?

 

 私が中学校に入学した時のことだ。式の後の教室の各自の机には小学校の時よりはるかに多い教科書が積まれていた。誰しもが初めて習う英語の本をぱらぱらとめくっていた。当時は今のように小学生が英語に触れる機会はなかった。担任の先生が

「家でざっと見てください。乱丁落丁があればすぐに教えてください」

みたいなことを言った。「乱丁落丁」もわからない私。その中学はひと学年が、別々の3つの小学校から集まった生徒9クラスで構成されていた。私と同じ小学校の女子はクラスにいなかった。

 

 すると何人かの声が聞こえてきた。既に英語を習っている人もいたようだ。

「塾でやったから、またABCからやるなんて面倒」

「姉ちゃんが教えてくれるって言ってる」

なんて話もしていた。 第一子の私にはそんな頼れる人もおらず、もちろん、英語の塾なんて通ってもいなかった。中学生になったことが急に怖くなった。


 家に帰って英語の教科書を開き、どうやって読んだらいいのか、お祝いに伯母さんからもらった辞書で調べ始めた。そこにはのちに知ることになる「発音記号」と呼ばれるものはもちろんだったが、カタカナ表記もあった。例えば「have」だったら「ハヴ」のように。

 

 私は鉛筆で教科書にそれらを書き入れた。2~3ページ進めたところで父に見つかって全部消すように言われた。英語の発音はカタカナで書けるものではないと。

「最初の授業で読ませることもないし、先生がABCから教えてくれるはずだから、2度とこんなことをしてはいけない」

と言われた。

 

 あれから50年以上が経つが、カタカナ表記する英語はむしろ増え続けている気がする。オーバードーズだってネグレクトだって、オンデマンドとかサムネイルとかニュースで言われても意味がわからないことも多い。なんでもかんでもかっこつけて英語にするより、日本語にして欲しいくらい。それに、間違った発音になってしまうって、私は父から教わった。

 

 私は水は「ウォーター」ではなくて「ワラ」に聞こえるし、「トンネル」は「タヌル」だよ。昔流行った「ワンパターン」は最初何のことかさっぱり分からなかったと、ある外国人が言ったのを覚えている。「パターン」じゃなくて「パタン」だって。

 

 「おとうちゃん、あれほど厳しく私に言ったのに、自分はカタカナで書いてるじゃん!それに今じゃあ、さらにカタカナ英語、増えてるよ」


 亡き父が遺した広告の切れ端を私は思い出と共に手帳に挟んだ。