今回はそちらまで足を延ばしていないが、数年前に目にした光景に、胸が締め付けられる思いだった。遠くから、きれいなブルーの海にたくさんの重機が並び、鉄の太く大きな杭が見える。近くに寄ると、金属製の覆いが建ち並び、海の様子はあまり見えない。作業着を着、ヘルメットを被った人たちが入ったり出たりしている。


 そして道の反対側に10人ほどの人たち。

「美しい海を汚すな」

「辺野古基地反対!」

などと書かれた大きな幕が張られている。こんなに自然の美しいところに米軍基地を作るために海を埋め立てようとしている‥‥‥私だって絶対に反対だ。

 

 私が思う何かの反対運動と言えば、多くの人が旗やプラカードを持ち、拡声器で訴えつつ、街道を歩く。国会の前で座り込む。そこには警察官が立ち、けが人が出ないよう、事故の起こらないように見守る。小競り合いがある。

 

 それが、辺野古は静かな風景なのだ。工事関係者が、黙々と作業している。反対している人たちは暴れるでもなく、作業員につかみかかるでもなく、声を張り上げるでもなく、じっとそこに座っている。おそらく、多くの反対者が交代で一時もその場を離れることなく自分たちの思いを訴え続けているのだろう。その静けさが、意志の強さを表しているようだ。

 

 今回の沖縄では、帰り路で点々とするいくつかのビーチや岬に立ち寄った。その美しさと言ったら言葉にできない。





 そして、アメリカンビレッジに寄った時のこと。近くには嘉手納、普天間の大きな基地がある。


 轟音が鳴り響いた。空を見上げると恐ろしげな物体が飛んでいた。信号待ちのほんの少しの間にもかかわらず、それは列をなすように次から次へと現れた。旅客機と明らかに異なる物騒な形。

「ほら、また来た」

「あ、また飛んできたよ」

近隣に住む人たちはこの音を聞き、これらが飛んでいくのを見る、日常的に。恐ろしい事件も起こり、不平等にも思える日米地位協定とか治外法権とかいう言葉に、どうしようもない歯がゆさ、悔しさ、怒りを感じながら。

 

 「ひめゆりの塔」や「平和祈念資料館」も過去に訪れた。そこで、私は身体が揺れ出した。鳥肌がたって、しばらく治まらなかった。看護要員として献身的に尽くした10代の少女たち、未来があったらどんな風に生きたことだろう。

 

 「沖縄」……その二文字には「きれいな自然と明るい人々」だけではすまない過去がある。そしてそれは現在も続いている。

「沖縄の人がお酒が大好きで、いっつも笑って踊って、のんびり生きているって、分かる気がするよ。そうでもしなくちゃ、やってられないってことだよ」

夫が言った。

「沖縄の人たちの犠牲の上に私たち本土の人間の生活がある」

私も続いた。

 

 毎年、成人式には沖縄の国際通りの様子がテレビで映し出される。首をかしげたくなるような、ため息をつきたくなるような様子がレポートと共に流れる。法に触れるようなこと、人に迷惑をかけることは許されない。けどね、派手な羽織袴の男性、花魁のような女性、どうぞどうぞ、思う存分やってくだい。20年も怖い思いをしてきたんですもの。やりたい方は、ここぞとばかりに派手にやってください。そうして日本を支える立派な大人になってくれるのだったら、私はもう今度からは暖かい目で見ます。拍手もしちゃいます。

 

 辺野古の問題、どうなるのか、今後も注目していきたい。