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急に叔母から電話があった。
「仕事中にごめんね。beachan、知ってるならいいんだけど。今日、おかあちゃん(叔母にとっては姉であるが、私が母のことを『おかあちゃん』と呼びかけているので、叔母も私との会話の中ではそのように呼んでいる)のところに行って来たんだけど、足大丈夫なのか気になって‥‥‥」
私はてっきり、母が昨年の夏に転んでから、足の運びが悪くてなかなか回復しない、というそのことかと思った。
「あ、叔母さん、心配してくれてありがとう。なかなか以前のようには歩けないらしいけれど、母は大丈夫だからって言ってるの」
「それならいいんだけど、あんまりひどいからびっくりして‥‥‥。ごめんね。なかなか行かれなくて」
昨年初めに叔父が亡くなり、叔母も一人になってしまったが、近くに子ども(私にとっての従兄弟姉妹)がいるのでその日も車で母のところに連れてきてもらったと。叔母にとっては姉のところを訪れていることになる。何ということもない姉妹の交流であっても、普段外出しない母であるから、私にとって叔母はありがたいお客様である。
会話の途中で、私はどうやら夏の転倒後の足のことではないように思えてきた。
「あれじゃあ、痛いだろうに」
「介護の人がお風呂にどうやっていれてくれるのか?」
「腫れてるよね?」
ただ事ではないと思い始めた私は叔母さんにお礼を言って、仕事帰りに実家に行った。
「一体、何したの?」
「転んだの?」
「やけどした?」
「どこかにぶつけたの?」
矢継ぎ早に聞くも
「何にもしてないよ。気付いたらいきなりこんなことになっていたんだよ」
「何にもしてなくてこんなになるなんておかしいじゃない!お医者さんに行こう!」
「いいよ、もうだんだん治ってきているんだよ」
「これで治ってきているなんて、一体いつこうなったの?」
「いつだったかねぇ……」
この時ばかりは母も認知症になってしまったかと私は怖くなった。
「痛くないの?」
「ちょっとかゆい程度だよ」
「暮れだって、年が明けてからだって、私、何回も来たよね?なんで黙ってたの?」
もう、怒りと焦りと心配の混じった詰問口調の私だ。母は、うつむいて口を固く閉じてしまった。
母は気丈なタイプで、自分が行かないと決めたら梃子でも動かない。私に内緒にしていたのだって、心配をかけたくないとか、医者に行くのにも(私の)夫や子どもに手を借りることになるから申し訳ない、とかそんな理由だろう。確かに怪我?の急性期は峠を越しているように見えた。さらに近々、内科の定期通院の日もある。冷たいようだが、娘の私はそのままにした。オロナインを買ってきて、傷のある所に塗った。医者に連れて行かないことの後ろめたさがあり、母に詫びるかのように、ていねいに塗った。仕事の前に実家に行き、塗った。
待ちに待った数日後のクリニックでの先生の言葉に驚いた。
「あ~、やけどですね。低温やけどは、なかなか気付かないんです。おかあさんが『何もしてない、いきなりこうなった』というのは嘘じゃないですよ。でももう治りかかっているから、お薬は大丈夫。これは、2~3週間経っているね。それより、化膿したりしなくて良かった。そんなことになっていたら大変だった」
「私が知ったのは数日前なんです。ふだん実家に行っても母の全身をチェックすることもなくて……」
私は又自分の行動に言い訳した。胸がチクリと痛んだ。
「周りの人に心配かけたくなかったんだね。今度からはすぐに娘さんに伝えて、来てくださいね」
初老の男性医師の眼鏡の奥の目が優しかった。原因がわかって、私はホッとした。
父も元気だった頃、私と弟と妹が
「石油ストーブは危ないからやめてほしい」
と強く訴えて、迷いに迷い、悩みに悩んでこの暖房器具にしたのだ。
心配をかけまいと、母は我慢したんだろうな。私に見せることもせず、気になりながら不安な毎日を過ごしたことだろう。ごめん、おかあちゃん……。
最後に大きな声で先生がおっしゃった。
「昭和一桁生まれの女性は強いです」

