「専業主婦が夢だなんて言って、パパに笑われたのはいつだっけ?私、やってみたいことがある。今度はパパも笑わないと思う。保育園をやめて、どこか田舎でフリースクールを開きたい。学校が苦手な子どもたちの居場所を作ってあげる。そしてそのおとうさんやおかあさんの力にもなりたい」

 

 大輔と純子はお互いをパパママと呼んでいた。それは世間で

「子どもができると、ついついお互いをパパ、ママ、とかおとうさん、おかあさんって呼んじゃうよね」

「お互いに名前で呼べる夫婦が理想だよね」

と言われる中、あえてのパパママなのだ。

 

 翼は小さい頃自分たちをそう呼んでいた。いつからか呼ばれていない。声も聞いていない。そういえば翼が声変わりしたあと、その声を聞いたのはほんの数回だ。

 

 翼は中学校から完全に不登校となった。高校進学を考え、一度は通信制の高校に通ったこともあったが、結局数カ月で自主退学した。部屋では何をしているんだろう?考えられるのはパソコンに向かう姿だけ。昼夜逆転の生活のようだ。

 

 一方、大輔は翼が高校を辞めてから、毎日、手紙を書くことにした。365日、毎日だ。振り返ってみるに、その時の大輔の本心は未だにつかめない。自分自身のことなのに‥‥‥。諦めたのか?翼を強制的に学校に行かせることはやめようと思った。同時に、翼を孤立させないために手紙という モノを思いついたのだった。とってつけたような行動かもしれない。


 この

「学校は行かなくてもいいよ」

という思いは、遅すぎたかもしれないし、もう少し大輔が粘っていたらことがうまく運んだのかは、わからない。

 

 手紙はさまざまだった。

「会社、行ってくる」

「今日は暑くなるらしい」

「昨日は大雪で電車がストップして世の中が大混乱した」

「翼の部屋からセミの鳴き声、聞こえるかい?」

「今日はパパも熱があって部屋で休んでいる。何かあったら、話しに来ればいい」

20歳を過ぎた息子に自分のことを「パパ」だなんて、苦笑がもれた。さらに、翼が自分の部屋に来るなんて、100%あり得ないというのに。短い文の時もあれば、便せん2枚になる時もある。かれこれ20年になる。

 

 大輔には強い思いがある。65歳になったら定年だ。その時こそ、家族3人で田舎暮らしをしよう。純子の夢を叶えるためにも。翼のことは不透明だが、自分の強い気持ちは変わらない。

 

 なんとしてでも翼をここから連れ出さなければ。

 

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