義父の様子がおかしくなったのは明らかにガンの手術の後からだった。ガンそのものは皮膚で、予後の良いものと聞いていた。そちらは今も問題はない。
それまでは
「物忘れが増えたかなあ」
「年相応の忘れ物はあるよね」
と言いつつ、1人での生活も滞ることなく毎日が過ぎていた。
ところが、手術の後、アレアレ?が増えたと思ったらそのスピードは想像を超えていた。
「今日は何日だっけ?手術の日じゃなかったっけ?」
手術は先週終わったから、次はひと月後の診察でいいんだよ。デジタルのカレンダー?も購入して テーブルに置くようにした……がそれでもわからない。
「拝み屋がやってくる。家の壁を真っ黒に汚していく」
どこも汚れていませんよ。それに拝み屋って何?
「固定資産税は払ったっけ?」
支払いはとっくに済んでいますよ。頼まれて夫がやりましたよ。心配しないで大丈夫だよ。
「これから病院に行かなくっちゃ」
えっ?そんな予定ないです。
「テレビがつかないんだよ」
と、リモコンを手にしてやってくる。よく見ると、コンセント、そしてケーブルまでもが抜かれている。
印鑑がない、通帳がない、診察券や免許証返納後の運転経歴証明書や保険証など一式を入れていた袋がない。そうして、その都度、改印したり、通帳を新しく作ったり、色々なものを再発行したりと手続きを整えたあとに、それらが見つかる。私たちも探したのに。タンスの中、クローゼット、トイレ、お風呂まで見た。一体どこにあったの?どこか秘密の場所があるの?
暑かったこの夏、1日に何度も夫がエアコンのスイッチを入れに行く。義父は、消す。もう、イタチごっこ。時には暖房がついていたり、設定温度が17℃になっていたり。私は
「リモコンを義父の手の届かない所に隠しちゃえばいいのに」
と夫に言ったが、なぜか彼はそうしなかった。
「もしかしたら、みんなに心配をして欲しくて無意識に問題を起こしているのかな?」
私はそんなことを考える時もあるが、何しろ今まで身内に認知症の人がいなかったから、何もわからない。理解できないことが次々起こる。
知り合いがお母さまを看ていた。認知症を発症して3年が過ぎ、いよいよ施設に入居となった。それでもしょっちゅう施設からお呼び出しがあり、大変そうだった。お母さま、自分の食事は終えたのに、さらに他の方のお料理に手を出してしまう。いざこざを起こしてしまう。 オシモの問題も数え切れないほど。そして、発熱、転倒などで診察を受けるなどのたびに、連絡があり、彼女は出向く。仕事中 にも関わらず。
その彼女、かれこれ10年以上お母さまに寄り添ってきた。
「あなたにも子ども、いるの?」
とすっかり我が子のことも認識できなくなったお母さま。
「娘と息子が1人ずついます」
と平然と答えるのにも彼女は慣れた。あなたの孫ですよ~と心の中で伝えるらしい。
「切ないなあ」
と思いながら聞いていたが、もともと彼女は物事をはっきり口にするタイプ。でも決して嫌な感じはなく、ガハハと笑って話す。
「もうさあ、老々介護疲れで片方を殺めてしまった場合は、無罪!」
とか
「施設に高齢ドライバーが車で突っ込んで、母を殺してしまっても私は『ありがとう』って言う」
底抜けの明るさにこちらもつられて笑ってしまう。知らない人がこれを聞いたら、なんと心の冷たい娘か、と思うかもしれない。でもそんなことないんだよ。少なくとも私はそう思う。それだけ、認知症や介護って大きな問題なのだ。
そしてあろうことか、元気いっぱいだった彼女は70歳手前で、お母さまを遺して突然亡くなってしまった。お母さまはその後10年以上施設で過ごされたと聞いている。
ブログで繋がっている方が
「介護認定はなるべく早く受けた方がいいですよ」
とアドバイスをくださっていた。みなさんのブログでご両親の認知症のことなど、拝見してはいた。
私は夫に早く認定を受けようと何度も言っていたのにずっと
「オレがやるからいい」
とか言って、口調も険しくなっていた。夫は、父の認知症を認めたくないのか?とは言え、現実に問題が起こっている。
友だちって有り難い。彼の友人たちもご両親のことで切実な悩みを抱えている方が多く
「介護認定は基本!」
と言ってくれた。夫もようやくその気になった。
昨日、夫は申請書に記入した。書類の受け取りも提出も私なんですけどね。でもようやく申請が済んで、少し前進した感じがした。
これからどうなるのだろう‥‥‥。