中学校に入学した頃、推理小説にハマっていた。私の中で勝手に名付けたか、世の中で言われていたか『世界5大推理小説』も読破した。そのうちの1つ、松本清張の『点と線』を再度読むことにした。

 

 先日、古本屋で探し物をしていたら、何となく目について、すぐに手に取っていた。

 

 

 やっぱり面白かった。細かい内容は覚えていなかったので、新鮮だ。ただ1つ、14歳の私はこの本によって『時刻表』の存在を知り、その面白さに魅かれたことを覚えている。そして、旅のあてもないのに、当時本屋に行ってそれを購入した。

 

 その頃の我が家はおこずかい制ではなくて、文房具やおやつやら漫画本やら欲しいものがあると父に伝えて、その都度お金をもらっていた。それほど高額な物を要求する私ではなかったので、拒否されることはなかったが、

「時刻表?」

と不審がられた。

 

 中学校で副教材として配られる地図帳と時刻表を開いてにらめっこする。あっという間に時間が過ぎていく。

 

 時刻表に詳しい方だったら、この小説にそれほど没頭しないかもしれない。既にその魅力を知っているのだから。大きな駅にたくさんのホームが並び、ひっきりなしに電車が出入りする光景はわかる。が、反対にほとんど電車がホームに停まっていない時間帯が存在することなんて考えたこともなかった。端のホームから、端のホームの電車が見えることもあるらしい。1日にほんの少しだけ。それをアリバイに利用するおもしろさなんて想像したこともなかった。

 

 さらに中学校の数学でなんだかわけのわからないグラフを見て驚いた。ダイヤグラムと呼ばれるそれは、規則正しく直線が斜めに上下していた。美しかった。

 

 そんな私は、ただのアリバイ崩し小説ではあるが、これでもか、これでもかと立ちはだかる壁にすっかり引き込まれてしまった。

 

 書籍の再読ってのも粋なものである。時刻表はいつの間にかなくなった。いつか、時刻表を片手にネットに頼らない、あてのないのんびり旅をしたいものである。