恵は、夫が泊まりの出張の時、たまに有休を取って実家に凛を連れて行くことにしている。昨晩
「明日はおばあちゃんの家に行くよ」
と言うと、凛は
「え~、明日はプールの日なのに」
なんて生意気に言っていたが、今朝にはすっかり忘れていた。おばあちゃんにもらったファミリアのリュックに何やらおもちゃを詰め込んでいる。早く出ないと、暑くなりそうだ。恵の家から電車とバスを乗り継いで2時間はかかる。
恵は本当は実家近くに家を持ちたかったが、それは予算を大きく超えていた。ローン返済を考えて、区内は諦めたのだ。そして何より、保活のためには祖父母が遠くに住んでいる方が有利だからだ。実際恵は希望した子リス保育園に凛を入園させることができた。実家周辺は保育園に入ること自体が困難な状況が続いているらしい。
母は唯一の孫である凛をとてもかわいがっている。その日も満面の笑顔で2人を出迎えた。「目の中に入れても痛くない」とはよく聞くが、恵にとってはそれは、かわいがるという度を超えていると思う。凛は母の目の中になんて入らない。
凛が欲しがるものはなんでも与える。洋服は有り難いが、おもちゃは特別な日だけにしてほしい。お菓子に至っては、あきれるばかりだ。
「おかあさん、そんなにアメやチョコ、グミ、あげないでくれる?」
恵は母のことを「ママ」と呼んでいたが、さすがに凛を出産してからは「おかあさん」と呼ぶようにした。
「だって、凛ちゃんがおいしそうに食べるんだもの」
「やめて!そのダラダラが良くない!それにご飯だって食べなくなる」
「今日1日ぐらいいいじゃない」
実の母娘だからこその会話だ。それでもバツが悪くなったのか母はそそくさとエプロンを付け始めた。
「そろそろお昼になるね。おじいちゃんも帰ってくるかな?」
誰に向かうでもない声が響いた。
恵には5歳年上の兄がいる。結婚してこの敷地内に別棟を建て、住んでいる。兄嫁は正社員として今も働いている。二人は子どもを望んでいるが、結婚して10年、なかなか思うように事は運ばなかった。おそらく義姉は定年まで働き続けるだろう。恵は兄たちには申し訳ないが、これでよかったと思っている。兄たちに子どもが生まれたら、あの母のことだもの、2人は絶対にここを出ていくことになるだろう。
兄嫁は優しいし、凛もかわいがってくれる。なるべく平日に実家を訪れて、義姉と顔を合わせないようにしているが、年に数回は皆で集まる。必ず絵本をプレゼントしてくれる義姉だ。凛もなついていた。恵はそこに胸をなでおろす。
「恵ちゃん、お仕事しなくてもよかったんじゃないの?憲哉さんのお給料で大丈夫でしょ?近くに住んでいたら、もっと凛ちゃんと会えるのに」
未だに母はそんなことを言う。
「私が今の仕事を続けたいの!いつも言ってるでしょ!」
母の言葉にはうんざりだ。私がしょっちゅう実家を訪れたら、お義姉さんだって疎ましいに違いない。
不定期に続きます![]()
