私がそれを知ったのは、親として、つまり観客としてだった。子どもらが中学生の時のことだ。私は人(特に子ども)が何かを表現するのを見るのが大好き。合奏、合唱、演劇、個人の図工や美術などその他作品、作文など。表現と言えるかどうかは疑問だけれど、サッカー、野球、バレーボール、バスケットボール、陸上、テニスなどのスポーツを観戦するのなんか、大大大好き。

 

 そんな私なので、合唱コンクールなんてものを見た暁にゃあ、大変感動をいたしました。中学1年生、まだ幼さが残り、声変わりした男子と、していない男子が混じる中で、真面目に懸命に歌う姿が私の目を細める。

 

 2年生ともなるとちょっとヤンチャな子が混じる。身体は左右どちらかに傾き、全く口を開けていない子、顔を横に向けている子、一部の生徒がなんとか引っ張る。中には涙している女子もいる。

 

 そして最終学年は、さすがに上手い。子どもらが通った中学校は(どこでもそうなのかな?)各学年、金賞・銀賞・銅賞と審査員が判定する。3年生は金賞に向けて、受験で忙しい秋にも関わらず、皆、力を出し切ろうと懸命だ。

 

 その中学は私服だったので、クラスごとに100金で買ったお揃いのネクタイ、リボンタイ、ポケットチーフなんかを身につけて、団結した姿を見せる。

 

 いやぁ、こんな青春時代を送れるなんて、なんと羨ましい。すると、5歳年下の妹が言うではないか。

「えっ?お姉ちゃん、合唱コン、なかったの?私たち、やったよ」

もちろん、同じ中学校出身の私たち。たった5歳の年の差なのに‥‥‥。

 

 しかもあの定番の『大地讃頌』も歌ったと言う。あれはいつからなのか、全国共通なのか、何十年も歌い継がれてきたということだ。今もそうなのかしら?

 

 本当は、私はあの歌が何十年も歌い継がれていることが不思議なんだけれど。「母なる大地?」「大地を讃える、誉める?」それらがひたすら繰り返される。

 

 私は自然の偉大さは感じているし、破壊しないように地球に優しく……って思う。けど、なんだか、「母」ってところが「父」はどうなの?とか、子を持たない人もいるけど、母だけがとても崇められてるみたいで、ざわざわする。

 

 一方、そのメロディーやハーモニーはゆったりとして美しくて心地よくて、壮大な感じがして好きだ。15歳の懸命な姿が神々しく見えてきて、ピタリと当てはまる。やりたいことを見つけて懸命な子、スポーツでも芸術でも学問でも。まだ見つからずに模索中の子。何らかの理由で舞台に立てない、立ちたくない子の姿も見えてくる。どんな子もそれぞれの15歳をもつ。この子らに幸あれ!なんて思ってしまう。

 

 ということで、私としては孫の『大地讃頌』を聞くまでは死ねないな。