何年前でしたっけ?『断捨離』が流行ったのは。さらに『終活』や『ミニマリスト』と相まって、処分することが良いこと、のような風潮が流れた。そしてその言葉は海外にも広まった。2009年に本が出版されたようだ。その頃は私も50歳を過ぎていた。
「終活(片付け)には早いかもしれないけれど、いざやろうという頃は70を過ぎていて体力的にも難しいから、やるなら今!」
なんて周りも断捨離を始め、私もそのブームに何となくのっかっちゃった。
あれは、お片付け、特にお洋服に特化したものだったと思うが、何でもかんでも捨てることがいいこと、というような風潮にすっかり私も流されてしまったようだ。
失敗した。ちょっとばっかりきれいになったので、そこは良かったけれど、「思い出の品」は保管しておくべきだった。
「あ、あれ、どこやったっけ?見たくなった、読みたくなった。あ、捨てたんだ……」
そういうものを処分しちゃったのです。早まったことしたな、と後悔しても今となってはもう、ごみとして跡形もなくなってしまった。焼かれたことだろう。
最近は思う。スペースに問題がないなら、ミニマリストになる必要はないと。そしてね、私はここ数年、『断捨離』に代わる言葉、漢字を探し続けてきた。時には辞書も読みました。そして、見つけた漢字が『貽』です。
① のこす 伝えのこす
② おくる あたえる
音読みではイと読むそうだ。
私は自分の持ち物として次のように分類できればいいと思っている。
1)自分の大事なもの 保険、年金についてや銀行の通帳やカード などなど
2)貴金属類 アクセサリーや時計など
3)洋服や着物
4)思い出の品
5)趣味の物
自身は大体この5つに分けられると思っている。そして、それぞれのありかを明確にして、子どもたちに伝えておく。1、2、3についてはそれなりに手をつけてください。気に入ったものがあったら、どうぞ。要らなくても多少お金に換えられる物もあるかも。4、5については箱ごとすっかり捨ててもらっても構わないし、興味があったらのぞいてもらい、欲しかったら好きにしてください。もしかしたら、5の中にもちょっとお金になる物がある?という具合だ。
そう、私は子どもたちの手を煩わせないためにやっておきたいのだ。やらなければならない、ということだ。決してなんでもかんでも処分するのは違うと思う。仕分ける、分類する、ということが大切なのだ。
「分留貽」ぶんるいと読みます。
これ、私、我ながら気に入っている。特に「貽す(のこす)」っていう漢字!よくぞ見つけたと自分を誉めたい。でもね、コンマリさんの『断捨離』にはかなわないわね。