義父の夕食のお惣菜を届けるようになってから、20年近くが経とうとしている。義母が胃がんで手術をしたものの元気になることはなかった。術後半年で再入院となり、そのまま家に戻ることはなかった。最初に診断されたとき、既に手遅れだったようだ。

 

 お料理を全くやったことがない義父が一人暮らしとなった。気の毒で、少しずつおかずを届けるようになった。それが定着して今に至っている。

 

 何年たったころか、面倒になった。自転車で5分の距離とはいえ、日曜祝日以外毎日だ。雨の日も雪の日も雷の日も、車の運転ができない私は歩いて運んだ。鍋を片手に、傘を差しながら歩いた。


「毎日楽しみだ」

「おいしいよ」

「やっぱり買ったものとbeachanが作ったものは違う」

と言われちゃあ止められない。最後の言葉は怪しいが。その違いが分かるとは思えないが。

 

 何人かの友人に、それを打ち明けた。聞いてもらって少しはすっきりするかと思ったのだ。

「大変だよね~。beachan、偉いよ!」

と寄り添ってくれる。が、そのあとの言葉は

「1日おきとかにしてもらえるよう、提案したら?」

「しばらくお休みするから、お惣菜は買ってください、って言ってみたら?」

「ご主人に買ってもらうとか料理してもらうとか、協力してもらったら?」

 

 ところが私はこういうのが苦手だ。抱え込んじゃうタイプ。それらを伝えるくらいなら、やってしまえ、と思っちゃうタイプ。いい嫁になろうと思っているわけではないのだが。

 

 「同居なさっている方なんて、すべて担っているんだよなぁ」

人と比べて云々は、最低だと自分を戒めながらも

「これしきのことで」

と踏ん張ってきた。

 

 ある友人に相談したときのことだ。彼女が突然言った。

「お姉さんの自宅が近くだから、そこでお茶しよう。お姉さんはとにかく普通の人以上に色んな経験があるから、なにかアドバイスもらえるかも‥‥‥」

 

 彼女がお姉さんに電話した。タイミングよろしく在宅中だと。

「今、beachanとランチしているんだけど、この後お姉さんの家行ってもいい?」

そして、ケーキを買ってのこのことお姉さんのお宅訪問となった。

 

 私はそれまでにも何回かは彼女のお姉さんとお会いしたことがあった。外資系にお勤めの美人女性だ。お子さん1人がいて、家族3人でお住まいだ。きちんと片付けられたお部屋。

 

 その日、おそらくブランド物と思われるカップとソーサーに、紅茶を淹れてくださった。そこで伝えられたお姉さんのアドバイスはこうでした。

「beachan、書くことが好きだったよね。毎日、ノートにその日のメニューを書いてみたら?気持ちが落ち着く効果もあるかもしれない。そして後になって役立つかもしれない」

 

 私は驚きしかなかった。

「書く?」

そんなこと言われるとは思ってもみなかった。当たり前だが、言われたこともない。

普通だったら、

「えっ?さらに厄介」

になりそうだが、私はなんだか、

「やってみよう」

とその斬新さに心をつかまれた。

 

 お姉さんは、仕事関係で裁判をしたことがあるらしい。見事に勝訴した。私には一生縁がないであろう二文字だが、お姉さんは言う。

「beachan1人がその仕事を任されるって、どう考えてもおかしい」

確かに夫には妹と弟がいる。でも義父の家との距離を考えれば、仕方ないと思って私はやってきた。長男の嫁だから、とは思っていない。私の嫌いな言葉だ。

 

 お姉さんは、後々のことも考えて、「書いて残す」ことが大事だと言うのだ。裁判経験者だからこその言葉だ。私は将来そういうことにはならないと思うけれど、とにかく書いてみることにした。

 

 それが、すごくスッキリした。見返しては

「あ、あんなメニュー、こんなメニューもあったわ」

と役に立つこともある。

 

 

 ところが、この度、何が理由かはわからないけれど

「もういいや」

という気持ちになった。90にもなろうとする義父、1日1回くらい用意しよう、と素直に思えるようになった。ストレスにもならず、ルーティンと思えるようになった。本日を最後に書き留めることはやめよう。

 

 私、65歳過ぎて成長したかな?15年以上かかったけれどね。