私が小学生の頃、この時期に「家庭訪問」があった。担任が各家庭を訪問して、20分ほど、親と話をしていく。先生は1日6~7件をこなすのが精いっぱいだ。20分と決められているものの、なかなか終わらない場合もある。親はここぞとばかりに我が子の様子を聞いたり、困りごとを相談したりする。もちろん移動時間もある。当時は1クラス40人ほど生徒がいたから、それは1週間以上にわたった。その間は午後からの授業はない。

 

 私にとっては午前授業で給食を食べたら家に帰れるってことで、嬉しい1週間だった。友だちとたくさん遊べる。でもさすがに我が家に先生が来る日は、気になる。

「どんなことを話すのかな?」

 

 その日ばかりはいつものおやつとは違う高級な茶菓が用意される。と言っても最中とかクッキーとか‥‥‥?先生が残した場合だけ、私たち子どもの口に回ってくる。

 

 我が家は商売をしていたので、先生とお話しするのは父の役目だった。でもその日の夕食時などにそのことが話題になることはなかった。私は余計に気になったが、こちらから

「先生と私のことで何を話したの?」

などと、墓穴を掘ることはしなかった。

 

 「家庭訪問」は私が母になってからも存在した。長男が入学した時は初めてのことだし、どんなおもてなしをするのか先輩ママたちに聞いた。昭和ひと桁両親がしてきたことだけを見て育っていたから、私の頭には

「先生は先生(偉い人)」

という考えしかなかった。

 

 するとそれは、とってもフランクになっていた。

「先生も何軒ものお宅を訪問するから、最後は、お腹タポタポでお茶すら飲めないのよ。大したおやつは必要ないわよ。とりあえず麦茶でも出しておけばいいんじゃない?」

「A先生はけっしておやつには手を出さない」

とか

「B先生は若いだけあって、出されたものは全部食べる。ケーキが大好物で2,3個イケちゃうんじゃない?」

そんな具体的な話まで聞いた。

 

 5年が経過した次男の頃は、「家庭訪問」はすっかり消えていた。間に長女もいたから、ある年きっぱりとなくなったわけでもなく、それは徐々に形を変えていったのを覚えている。

 

 先生が家を訪問するのではなく、

「それぞれの子どもの家(場所)を確認する」

という名目で年度初めに各家庭を回っていた。単に場所を確認するだけだが。その際、その日の最初のお宅の子が、次のお宅に先生を案内した。さらにそこから、順番に子どもらが先生を案内する。私はそれが結構気に入っていた。子どもが担任と1対1で話せる時間だ。

 

 そしてあとから私は

「先生とどんなことお話ししたの?」

と子どもたちに聞く。

「給食で1番好きなメニューは何?」

と聞かれてみたり、

「先生のお家はどのへん?」

と聞いてみたりしたらしい。

 

 我が子は3人ともそれほど積極的でもなく、人懐っこい感じでもなく、ふだん先生に

「せんせ~い!あのね!」

と話しかけたりできなかったから、たった数分でも我が子にとっては、貴重な時間になると私は思った。また、同じクラスのお友だちの家も前もって聞いておいて、先生を案内するという重要任務がある。責任を持って仕事をする良い機会となる。

 

 その後、働くママたちも増え、「家庭訪問」は、すっかり消えた。先生が地域を回ることもなくなった。子どもたちだって学童に行ったり、その他おけいこごとに通ったりと、放課後忙しい。

 

 「家庭訪問」……。子ども時代は嬉しく、母になってからは面倒な行事だったなぁ、と思った。 


 母としてその日だけはちょっと遠くのケーキ屋さんでチョコレートケーキを調達したり、食器棚の奥からお客さん用のコーヒーカップ、茶器を取り出したり。お掃除もいつもより念入りにしたっけ。

 

「今日は先生が来る日なのか?」

鈍感な夫までもが気付く。ふだん、どんだけ乱雑な我が家なんだか……。ママたちとは

「たまにこういう行事があると、家の中が片付くわ」

と笑い合ったわ。 「家庭訪問」の意味は何処へ?