私が中学3年生のこの時期のことだからかれこれ半世紀も前のこと。
高校受験というあの時代ほとんどの子どもにとって初めての試練をなんとかクリアーし、この時期には中学校が卒業に向けてあれこれと楽しい行事を組んでくれていた。「3年生を送る会」もあったし「卒業遠足」もあった。
私たちは『富士急ハイランド』に行く予定だったが雨で中止となってしまい‥‥‥、はて?その代わりにどこでどう過ごしたのかはすっかり記憶がとんでいる。そして、「映画観賞会」ってのもあって、私たちは『大地震』を観に行った。けど、これまた何も覚えていない。ただ、私にとって引き込まれるお話ではなかったようで、後に弟が『マイウェイ』を観に行ったと言っていたので、
「私もそういう映画が良かったなあ」
と思ったことは覚えている。
卒業式だけは、ある映像が頭に浮かぶ。告白はできなかったけれど、好きだった彼の頬を涙がツツーッと伝っていたのを見た。彼は1匹オオカミでクールな人、賢くてなんたってサッカー部のエース。たった1人で校庭の端っこに立っていた。ほかにも彼のことを好きな女子はいたと思うけれど、あの涙は私だけが見たと今でも思っている。
と、話が逸れました。そうそう、卒業遠足!
私の子どもたちの頃はTDLが主流。3人とも行きました。その頃、ほとんどの子どもが携帯を持ち始め、我が家も受験が終わったら、という約束で購入した。「携帯は持って行ってはいけない」という約束をほぼ全員が破って、持参していたと思うが。逆に、今だったら持っていなかったら怖いわ。持たせたい。当時はまあまあ穏やかな環境だったのね。
さて、東京ディズニーランドといえども、我が家のあたりからはそれなりの時間がかかり、集合はともかく、解散の時刻が4時くらいだった。いやいや、そこからがさらに楽しめるTDL、子どもたちの満足度は低すぎで、当然のごとく、悪いことを考える輩が現れる。でも確かに大人(指導者)目線で考えれば中学生なんだから、解散はそのあたりが妥当かな。
一旦解散してから再入場することを試みる生徒たち‥‥‥。先生もその辺はお見通し。舞浜駅でチェックが入る。全グループが電車に乗り込んで、やれやれと先生方も解散となる。ところが、生徒はさらに上を行く。2-3駅乗って、またランドに戻る。こういう知恵ってすごいわね。15歳も絞るなあ。
翌年から先生方もいくつかの駅に分散して見張りを実行するもイタチごっこ。年を重ねて範囲は広がった。当たり前に先生は入場ゲートにも立つが、なぜか生徒はすり抜ける。
次男の時は子どもたちには
「再入場禁止」
を徹底させようとしていた先生方だったが、これはもうどうにもできず、保護者だけに
「最終的に自己(家庭)責任で」
と言われた気がする。そして、ご多分に漏れず、次男の帰りは10時でした。
結果、その後は大型バスが導入されたようだ。そして、2011年3月11日に大震災が起こった。その年の遠足がまさしくその日だった。
浦安あたりでも影響は大きく、とても帰れる状況でなかったらしい。おみやげとして買ったクッキーなどをみんなで分け合い、一晩バスの中で過ごしたと聞いている。
東北で被災された方のことを思うと「貴重な体験になった」なんて言えないが、15歳の頭と心に強烈に焼き付いた出来事だったと思う。良い意味でこの経験が彼らの人生の糧になっていてほしい。