「延命治療についてご家族で考えをまとめておいてください」
そうだよなぁ。90歳を越えた母が新年早々、入院となった。そうなったら『延命治療』について担当医師からお話があって当然だ。現在は退院に向けて、リハビリをするほどに回復したが、歳が歳だものね。
4年前の父の時にも聞かれた。その時も救急車で運ばれ、妹が付き添い、病院に着くなり聞かれたようだった。焦った妹はすぐに兄弟姉妹のグループラインを使ってきた。私は仕事中であった(弟も同じ状況だった)。弟はどう考えているのか、少し待ってみたが、何もない。
「一番長いこと父との時間を過ごしてきた姉である私が何かひとこと発信しないと」
と思った。妹は姉と兄の何らかの答えを今か今かと待っていることだろう。携帯を握りしめて‥‥‥。
常々、父は
「あのような治療は希望しない」
と言っていた。私はそれを何度も聞いてきた。
「父は希望しないといつも言っていた。私も希望しません。ただし、母や弟や妹が希望するのであれば、話は別です。父も紙に書いて残していたわけではないので」
そんな返信をした記憶がある。
すると私のひと言を待っていたかのように弟も
「父がそう言っていたのであれば、それがいいと思います。私自身も希望しません」
とのことで、(母も妹も)意見はまとまった。その半日後、父はあっけなくこの世を去ってしまった。コロナ禍で、だれも父の最期を看取ることはできなかった。
さて、母とは普段から『延命治療』について話したこともなかった。まず、本人の意思を確かめなければならない。妹と相談が始まる。
「耳が遠くて、高齢のおかあちゃんにいきなり『延命治療』って言ったって、わからないよね?」
しかも入院中。リハビリ中心の病院に転院してからは、大部屋だ。カーテン1枚を隔てただけだもの。特に母は耳が遠い。他の患者さんに、丸聞こえだ。大きな声でそんな話は、はばかられる。
ラインで写真を送ってくれた。今回の入院のために、母との筆談のために、用意した大学ノート。妹のきれいな文字が並ぶ。黒いマーカーで書かれた大きめの文字だ。
「今はどんどん元気になってきているけれど、おかあちゃんは90歳だよね。急に何か危険なことになったり、体調が悪くなったりすることも先生たちは心配しているのよ。そうなった時に、どんな治療をするか、決めておかなくちゃいけないのね。おかあちゃんはもちろん、私たち子どもとも話し合って、家族としてまとめておかなくちゃならないの」
夜、その日の報告電話があった。妹は涙声になっていた。病室で、さらに妹は分かりやすく
「『酸素マスク』とか、知っているでしょ?」
と筆を走らせたらしい。すると母は途中で
「ちゃっちゃん、もういいよ‥‥‥」
はかない声で、そう言ったらしい。
「治療は望まない」
の「もういいよ」なのか、
「もう、説明もいらないよ」
「これ以上何も言わないで」
のヤケになった「もういいよ」なのか、それ以上は何も聞けなかったと。
「もういいよ」
それがすべてだと私たちは理解した。
90を超えた人間に『延命治療』の話は残酷だ。私は強く思った。
「私はすぐにでもそれについての思いをはっきりとみんなに伝え、文字にしておかなければならない」
と。
周りの人に辛い思いをさせるのは嫌だ。