「不幸中の幸い」
この言葉がまさしく当てはまる。
あの日、叔父の葬儀がなかったら、私は実家を訪れてはいない。あの日、従兄弟の兄さんが車で送ってくれなかったら、私は葬儀場から自宅にまっすぐ帰っていた。そしたら、母は、3日余りも身動きがとれない状態だ。90歳だもの、命を落としていたと思う。
母が私を呼んだのかな?そして、これまた偶然な幸いだが、まさしくその日にふだん海外に住んでいる妹が帰国した。私にとって心強い妹の存在だ。
ベッドと壁の間に挟まれ、身動きがとれずに飲まず食わずで9時間半、母は耐え続けた。
救急隊員さんに聞かれて、名前、生年月日、日付を答えたときには隊員さん、消防士さん、お巡りさんから感嘆の声が聞こえたほど。
やっと決まった病院で、コロナ、肋骨骨折、横紋筋融解症、脱水症の診断がついた。そのため、面会ができないが、全粥も毎回完食し、歯磨きも自分でやっているらしい。寝返りもうてると。それを聞いてちょっぴり安心した。
それにしてもブログのお仲間さん達が心配してくださったり、気持ちに寄り添ってくださったり……。本当に嬉しい。ありがとうございますしか言えないのがもどかしい。
母が着ていた服を持ち帰り、洗濯をした。穴の開いた肌着、ももひき(亡くなった父の物と思われる)、つぎはぎをしたシャツ。驚いたが、考えてみれば、当然のことだ。母は、近所のスーパーでの買い物がやっとなのだから。「もったいない精神」を持つ昭和一桁女性。
皆さんのブログを読むと、ご両親のお洋服やお靴を買って、病院や施設にお届けしているお話が 多々見られる。
胸が熱くなった。退院がいつになるかはわからないが、その時には暖かい肌着や下着を用意しようと思う。
