学生時代に教育学科に在籍していた私はやっぱり『発達心理学』やら『教育心理学』『臨床心理学』など『心理学』と名の付く授業が結構あった。

 

 ある授業でのことだ。詳しい内容は忘れてしまったけれど、

「他人が何か辛い経験をしている時にどんな言葉がけをするか」

という先生の発問でそれは始まった。かなり大勢の学生が答えた。人それぞれ全部違ったけれど、おおまかに

「励ます」「慰める」「諦める(仕方ないことだと)」に分類できた。中には自分もまったく同じ経験をして乗り越えたという実際の話をした方もいた。しかし、先生は誰の答えにも

「そうです」

は出さなかった。誰かが

「それじゃあ、何を言ってもダメで、正解はないってことですか?」

と聞いた。先生は

「寄り添うってことです」

とおっしゃった。

 

 当時の私は心の中で

「それって何?じゃあ、先生だったらどんな言葉をかけて、どう行動するのさ?」

と毒づいた。なんかモヤモヤした授業だったなあと。

 

 あれから45年‥‥‥。(綾小路きみまろさんをご存知の方だけがわかるこの言い回し)母の病院に付き添うことが増えた。母の主治医が最近変わった。前の先生、母は大好きだった。穏やかでありながら、肝心なところはしっかりとお話ししてくださる。時々、母のことをほめてくださる。これって大事なとこ!人間いくつになってもほめられるってやっぱりうれしいもんね。

 

 年に1度の健康診断の案内が届くと、いつも迷う。ここ数年、母は、採血が大変になっていた。血管がもともと細いうえに歳のせいでもろくなっているらしい。最後には、腿の付け根辺りに針を刺して採血した。

 

 母は、私に

「今年はやらなくていいかなぁ」

と言った。それに、入院もあったので、その間に大まかな検査はやっていた。そして、それを新しい先生に伝えた。

「年々、健診がきつくなっているようです。今回はお休みして、今後も2年に1度でもいいでしょうか?やったほうがいいでしょうか?」

すると先生は

「やった方がいいかどうかと聞かれれば、やった方がいいです」

と。なんだかそのちょっと冷たい言い方に、ため息をつきたくなった。

 

 以前の先生だったらまず、

「そうだよね。特に○○さんの場合、採血が辛いよね。大変だよね。でも健診は大事だから頑張ってみようよ」

 

 これなんだな。結果は同じ「やる」につながるとしても、一旦相手の言うことにうなずく。同意する。受け入れる。「そうだね」って大事な言葉だ。

 

 こういうことだったのかな?って最近になって思った。