「beachan、一緒にご飯行きたいんだけど。いつも私の勝手でごめんね」
電話があった。私は
「謝らないで。おしゃべりしようよ」
と応えた。どうか、これ以上Sちゃんが苦しむことがないといい……。電話ではなく、会って話したいとは、何か変化があったに違いない。
その日は創作和食料理のお店の個室だった。私は約束までの数日が長く長ーく感じた。Y君はその後、どうしただろう?彼女は「あのこと」をY君に話したのだろうか?
彼女は長い髪をバッサリと切り、ショートスタイルになって現れた。大きな心境の変化かな?私はすぐにそう思った。私は彼女と初めてビールグラスを鳴らした。彼女からアルコールの提案があったのだ。上手くいったのなら、こんなに喜ばしいことはないのだが。
お互いに何気ない会話でお料理を楽しんだ。私は喉元まで出かかっている
「Y君はどう?」
をグッと飲み込んだままだった。
「今は便利なものがあるね」
フルーツを口にしながら、突然に彼女は言った。何のこと?
4回目の2次試験の結果が出る前に、彼女は心を決めた。結果が出てからでは、又ズルズルとYに引きずられそうだと。
彼女はY君に真実を伝えた。パソコンでその事件を検索した。そんなものがない時代だったら、まず最初に彼女が事件について説明しなければならない。主観も交じるだろうし、何をどこから説明していいやら、それだけで頭が混乱していたことだろう。
夕食も終わり、ゆったりした時間帯だったが、彼女は
「Y、ちょっとこれ読んでみて」
とパソコンを開いた。その記事は、彼女が毎日検索し、数ある中から厳選したものだった。およそ20年経ってもネットに登場するニュースだったこと、あらためて私はその事件の大きさを知った。
彼は不思議そうな顔をして
「なに?」
と言いながらも真剣に読み始めた。その間彼女はいつにも増して大きな音をたてながら食器洗いに集中していた。
「で、これがどうしたの?」
「Yの伯父さんなんだよね‥‥‥」
一瞬の沈黙の後、
「なんだよ~。早く言ってくれればよかったのに」
たった一言、それだけを言ってY君は自室に入っていった。
その後、何事もなかったかのように日常がやってきた。結果は、ハガキ1枚で知らされた。いつものことだ。Y君はしばらくして就職活動を始めた。あの事件について触れることはない。
彼女は泣いていた。そりゃあそうでしょう、それなりの覚悟をしていただろうから。もしかしたら、Y君が家を飛び出して二度と帰ってこない、なんて最悪の状態を想像していたかも。
「こんなことなら、Yが警察官になりたいと言った時にさっさとあのことを話せばよかったのかな?この間、どれだけ私の心が荒波にもまれたか……」
よく言われる。
「人生に無駄なことは何一つない」
と……。でも私はその時言えなかった。ただ、高校生に「あのこと」を受けとめる力量はあったか?4年間の大学生活があってこその今のY君ではないかと。
今まで、さまざま、思っていても口に出すことができなかった私が、この時だけは心の底からの真実の気持ちを言葉にした。
「Y君、すごいね。Sちゃんも……。伝えた時が最良の時だったってことで良いんじゃない?」
いつの間にか、私も泣いていた。
☆☆☆☆☆☆☆
それにしてもSちゃん、よくそんなに立派な子どもに育てたね。経済面だけでも大変だったろうに。尊敬しちゃうよ。Y君の本心か、強がりか、自棄だったか、そんなことはどうでもいい。そのあとの彼の行動に、私は、あこがれの両さんを超えたんじゃないかと思うよ。
私は今でもY君のこのたった一言を思い出すとウルウルしちゃう。Sちゃんと、妊娠中に知り合い、生まれてこようとする子に愛おしさ一杯の2人だった。生まれてからのあれこれを想像し、希望に満ちていた。SちゃんとY君にこんな試練が待っていようとは?
先日、ラインがあった。Y君は今、仕事も、そして結婚してパパとしても頑張っているらしい。 短い報告だった。
「あの頃は色々とありがとう」
と締めくくられていた。
「Sちゃん、今度、孫自慢でも聞かせてね」
そう返信をしたが、私は今後彼女と話すことはないんじゃないかと思っている。彼女から、メールもラインも電話も、もうないと思っている。そんな気がする。
優しくてしっかり者の彼女は、新しい土地でたくさんの友人に囲まれて、今、笑顔で暮らしているのではないか?小さい頃からの、はたまた学生時代からの友だちとも交流をさらに深めているだろう。
「あのこと」を知ってしまった私はこのままがいいのではないかと複雑な気持ちだ。私にとってのママ友第1号のSちゃんなんだけどね……。
SちゃんとY君に幸あれ!!
完