結局、手紙の1通も出せずに5年が過ぎた。
このまま連絡が途絶えても仕方ないと思った。それならそれで仕方ないと思った。人はそれを冷たいと思うだろうか?逆にこちらから連絡をしたらそれは「野次馬根性」になるだろうか?私はなんてずるいのだろうか?人の視線ばかり気にして生きているようだ。自分がやりたいことをし、言いたいことを言う、いつになったらそういう自分になれるのだろう。
彼女から電話があったとき、私は嬉しさでも喜びでもなく、
「元気でいてくれて良かった」
というホッとした気持ちだった。
ところが、神はどうして同じ人ばかりに試練を与えるのだろう。
Y君が将来、警察官になりたいと言っているらしい。あの『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の漫画を読み、両さん(両津勘吉)にあこがれたと。意志は固く、その思いは何年にもなるそうだ。漫画にはそんな力があるんだな、と私は感動すら覚えた。が、彼女にとってみればそれは嬉しいことではなかった。
「大きな事件を起こした人が血縁者にいると、警察官にはなれないみたい。試験では相当詳しい身辺調査が行われるから。窃盗やスピード違反レベルなら他県の警察官として採用があるかもしれない。けど、事件が事件だから‥‥‥」
そうなの?彼女なりに調べて得た情報らしかった。
そういえば、私も聞いたことがある。友人が警察官になったけれど、あとから伯父さんに
「警察もずいぶんと詳しいところまで調査するんだなあ。俺のところまで来たよ」
と言われたと。
友人のお父さんは男兄弟も多く、時代背景もあってか養子に出されたらしい。伯父さんというのは、お父さんの実のお兄さんで、本家の長男として、地方で現在も先祖代々の土地を守っている。だから、実の兄弟でも名字は違う。
「そこまで調べるのか」
と私は驚いた。
高校を卒業してすぐに採用試験を受けると言うY君に
「大学を出てからの方がいい」
と彼女は進学を勧めた。金銭面を心配してくれている息子に対して、それよりも「他の夢」を持ってほしいと思い、彼女の勝手で4年という先延ばし期間を設けた。Y君は大学には行きたかったようで、母親の提案にすぐに首を縦に振った。
義兄の話はYに秘密にしておきたいが、真実を伝えなければならない時が来たのか?20年も内緒にしてきたのだ。Y君が『こち亀』に出会わなかったら、『両さん』にあこがれなかったら、このまま一生内緒にできたのに。
そもそも警察官採用試験での身辺調査についても私はどこまでが真実かもわからない。かと言って私が安易に
「大丈夫だよ。やってみればいいじゃない」
なんて言うことはできなかった。
今回も彼女の話を一方的に聞くだけになってしまった。自分だったらどうするだろうか?彼女は女手一つで、Y君を育てている。Y君は大学生だ。その学費だって大変なはずだ。
「何もできなくてごめんね」
「聞いてくれてありがとう」
電話は切られた。
それは短い電話だった。
続く