スーパーからお米が消えているらしい。購入制限がかかっているらしい。私はまだそんな場面に出くわしていないけれど。

 

 というのも、毎日ご飯は食べるけれど、夫婦2人なので、それほど消費量が多くないからだ。スーパーのお米コーナーを覗くことがあまりないのだ。そして、細かいことを考える割に、私は「どうにかなるさ」主義のようだ。

 

 『米騒動』といえば歴史に出てきたアレのことだと思うが、私は物覚えが悪く歴史も苦手なのでそれはアレとして済ませ、実際に体験した『平成の米騒動』が記憶にある。記録的な冷夏によってコメ不足となり、やむなくタイ米が店に並んだ。

 

 実家は米屋を営んでいた。私は結婚してから、お米は実家で購入していた。父が遠くまで配達してくれた。私も結構な距離の実家まで、自転車を走らせたこともある。そうそう、友人たちに

「えっ?実家なのにお金払って買っているの?」

とよく聞かれた。

 

 いつだったか母と近所の方の会話を聞いてしまったのだ。

「結婚したっていうのに何かと実家をあてにするのよ」

「そうそう、ウチも」

とかなんとか話しているのを‥‥‥。それは、今思えば、「娘が結婚したこと」「実家にも時々顔を見せに来てくれること」を何気なく盛り込んだ自慢話?だったかもしれない。が、私はあてになんてしていない、と思った。そんなこと言われるくらいなら

「商品(お米)は絶対にお金を払う」

と、その時心に決めた。文句を言われたくない。

「たまには持って行けば?」

と言う父の 優しさにも

「売ってる物は娘であってもお金を出して買う」

と、1度たりともお持ち帰りは無し。頑なな私だ。

 

 『平成の米騒動』の時、父はいつも購入してくれるお客さんを優先に考えていた。だから、我が家も困らなかった。1度だけ

「試しに食べてみるかい?」

と言われ、タイ米を買った。ぱさついていておいしいとは言えず、料理によっては、お試しとしては、たまには、いいかもしれないが、これをずっと……と言われると、お断りたい。すぐにいつものササニシキに戻った。

 

 普段スーパーを利用していた方々が店に押し掛けた。もちろん、たくさんのお米があるなら問題はないが、なんたって、不足だ。父はその方達にお断りをして、顧客分の確保に努めた。

 

 父は、配達客だけでなく、いつも店に買いに来てくれる人の顔も覚えていた。自炊をしている学生さん?一人暮らしの女性?「標準米」という一番安価なお米を2~3キロづつ買っていく方たちだ。味も劣るだろうが、懐事情を考えての選択だったと思う。その方たちが買いに来た時も父は

「国産ありますよ」

とお声掛けをした。中には金額を理由に敢えてタイ米を選んだ方もいたようだ。

 

 「スーパーに流れた人に仕返ししてやる」

なんて考える意地悪な父ではなかったが、徹底していた父だった。「お客さんを守った」と言ったら、言いすぎかな?

 

 今はお米屋さんなんて近所を見渡してみても見つからない。米屋に限ったことではない。個人商店はよほどの特徴を出さない限り、もう成り立たない。そして、その良さは、今の時代には要らないのだ。が、同時に守ってくれるお店もないということか。

 

 さて、今回のんびり構えている私、米屋は父の1代限りで閉じたから、平成の時のように頼れる人はいない。

「こういうニュースが流れるから買占めが起こって、さらに騒動が起こるのよ。皆さま、まずは落ち着きましょう」

と思う私である。

 

 でも1週間に10キロ消費するお宅だったらやっぱり困るよなあ‥‥‥。買いだめしたくなるのも理解できる。