一日が終わって、

「あぁ、今日は良い一日だったな」

って思えることが少なくなった。最近はすっかり変化のない日常になってしまった。いやいや、その日常を送れることこそが幸せなこと、もっと感謝しないといけないな。学びの必要な私だ。

 

 ある雨の日、JRの駅からバスに乗った。雨の中、出発を待っていたバスに、ご高齢の車いすの男性が乗ってきた。運転手さんが外に出て、作業を始めた。私はその光景を初めて目にした。

 

 電車では何度かお見掛けしている。車両の何番目でお客さんが乗り降りなさるなどのアナウンスが聞こえる。ホームでは駅の職員さんらが数人で大きな板のようなものを持って待っている。電車とホームの間にそれを渡してスムーズに車いすを動かす。

 

 バスは大変だった。車体が低くなったとはいえ、バスのステップと道路の段差はなかなか大きい。普段は車内に隠れている重そうな板状のそれを引き出し、所定の位置に設置する。そうして車いすを押す。そのあとも車いすを決められた場所にしっかりと固定する。全部ドライバーさん一人だけの仕事になっている。

 

 駅前のバス乗り場にはアーケードのように少しだけ屋根があったが、終わった後には運転手さんの制服の背中は下着が透ける程濡れていた。

 

 外ではご高齢男性が数人、傘をさして見送っていた。どうも想像するに、学生時代のお仲間の集まりだったようだ。同窓会だろうか?80前後と思われるジャケットを着た男性たち。そして会話が聞こえてきた。

「○○というバス停で降ろしてください。そこでは奥様が待っていらっしゃるので」

「じゃあ、気を付けて。また元気で会おうな」

「あぁ、ありがとう」

 

 定刻より少し遅れてバスが発車した。私はこのザンザン降りの雨の中、そこに奥様はいらっしゃるのか、既に気になっていた。奥様だってそれなりのお年だと思う。

 

 その私の心配は的中してしまった。バス停にはどなたの姿もなかった。まず、運転手さんがその男性を乗せた時のように降りる準備を始めた。そのうちに奥様がみえるといいが‥‥‥。だが、それが終わってもどなたもいらっしゃらなかった。

 

 私は咄嗟にそこで降りていた。あたかも自分の降りるバス停だと自然に主張しながら。バスは間もなく発車した。そして、私はそっとその車いす男性に傘をさした。

 

 何度も何度も頭を下げる男性、ほんの数分で奥様がいらした。さらに何度もお礼を言われ、私はかえって恐縮するほどだった。

 

 雨さえ降っていなければ、私はバスを降りることはしなかったと思う。雨の日も悪くはない。雨に感謝して、少しだけ自分を誉めた。

雨の日の思い出

 

 

 

 

 

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