息子が高校2年生の夏だった。野球部員だった彼は、その日も朝早くにでっかいバッグを下げて出ていった。朝から太陽が存分に力を発揮していた。


 3年生の先輩方は東京都の地方大会で負けてしまい、甲子園の夢かなわず引退となった。

 

 遠征試合の日だった。

「あ~ぁ、今日なんて帰りは絶対パークで楽しんできたやつらと一緒だよ。こっちは暑い中、泥だらけになってさあ。女子高生、坊主の泥だらけ男子に見向きもしないだろうな」

そんな言葉をぶつくさつぶやきながら、千葉の浦安方面へ出かけた。

 

 そんな日は、大体帰宅は10時頃だ。野球の練習試合は3校が集まって巴戦が多い。

 

 ところが、彼はお昼過ぎ、早々に戻った。私は具合が悪くなったのかと咄嗟に

「どうしたの?具合悪いの?」

と聞いた。すると

「1試合目のチームの1人が具合が悪くなり救急車で運ばれた」

と言うのだ。

 

 今から20年以上も前のことだ。今でこそ、尋常でない暑さ、10年に1度のレベルと言われて熱中症対策が叫ばれるが、当時はそこまででもなかった。もちろん私の高校時代とは違って「水分補給」は大事だと言われていた。それなりに注意はしていた。でもでもスポーツをやっている高校生だよ。毎日どれだけ走り、バットを振って、筋トレをしているのだろう?体力はあるはずだ。そんな子がどうした?息子たちは

「練習より試合の方が断然楽」

なんて言っていたし。

 

 その日の夜、野球部の電話連絡が回った。病院でその選手が亡くなられたと。息子も私もまったく知らない男子高校生ではあったが、ショックだった。

 

 お母さまの気持ちを思うと胸が痛い。朝だって、いつもの通り「行ってきます」「行ってらっしゃい」で出かけたはずだ。誰が想像したろうか?持病があったわけでもない、元気な高校球児が数時間でそんなことになるなんて。

 

 でも体力、若さなんて関係ないのだ。体の水分が失われれば、身体が熱を持ってしまったら、臓器が働かなくなるのだ。誰だって熱中症になるのだ。

 

 それから、私は朝、家族を送り出すときは相手がたとえ不機嫌であっても努めて明るい笑顔で

「いってらっしゃ~い!」

と言うようにしている。朝、喧嘩して別れてそのまま‥‥‥、が起こりうるということを知らされたから。

 

 みなさま、暑さの厳しいこの夏、熱中症にはくれぐれもお気を付けください。