初めて電車に忘れ物をした。お決まりの傘だ。朝、雨が降っていて、途中で止んだのだ。車内で読書に夢中になってしまったことも原因だ。

 

 降りたのは他の路線との乗り換えができ、わりと大きな駅だった。乗り換える前に、買い物をしようと駅直結の商業施設をフラフラしていて、気が付いた。すぐに駅員室に戻った。が、既にその忘れ物はそこから何駅も離れた場所にある「忘れ物お預かり所」に運ばれたという。

「え~っ?ほんの10分前だよ?」

思ったけれど、そう言われちゃあ、うなずくしかない。悪いのは私だ。

 

 それは30年以上も前に母が私の誕生日にと買ってくれたものだった。骨が16本もあり、ちょっとおしゃれで高価な傘だった。ビニール傘が何十本も買える。大切に扱ってきた。お直しを繰り返しながら使ってきた。あきらめるわけにはいかない。

 

 数日後、電話を掛けた。すると、びっくりするほどの確認を求められた。

「持ち手の部分はどんな形ですか?」

「えっと‥‥‥」

何年も使っているのにわからない。

「毎日雨降ってないしなあ」

と心の中で言い訳する。アルファベットのJなのか、クエスチョンマークの点を取って逆さまにしたような丸みのある形なのか、それがわからない。

「形ははっきりわかりませんが、その部分の素材は木です」

「色はどうですか?」

「いろんな色が入っているのですが、ベースはベージュか、薄いオレンジみたいな色です。ただ、模様がお花みたいな感じで白とか紫とか、他にも何色か入っています」

「ほかに何か特徴は?」

「骨が16本あって、珍しいと思います。普通は8本ほどでしょうか?」

「それ以外には?」

 

 ちょっとォ、もうこれくらいでいいんじゃないの?ここまで言わせて同じようなもの、他にもあるんでしょうかねえ?ま、あちらは、受け取りに来させておいて

「これ、違います」

では済まされないから確認は大事だろう。違う物を持ち去られても困る。

 

 「タッセルっていうのでしょうか?飾りの紐がついています。こげ茶色です」

やっとお許しが出ました。

「間違いないようですね。こちらに受け取りに来てください。ただ、色はベージュでもオレンジでもなく、金色ですね」

最後のひと言、要ります?だから、あんなに確認事項があったの?でも色の表現って人によってビミョーに違うと思うのですが。

 

 数日後、私は、今まで降り立ったこともないその駅に向かった。しかも構内に設置された場所ではないので、一旦改札を出て数分歩く。

 

 係の方が奥から持ってこられた。見慣れた傘が現れた。ほんの数日なかっただけなのに、その出会いは、何年かぶりにも感じた。毎日使わなくても必ず家にあったものがなくなるって、そういうことらしい。それがなくても十分雨は凌げる。他にも安価な折りたたみ傘も家にあるし、ビニール傘なんてワンコインで購入できるのだ。


 場所も分からず、紛失したもの、捜す手立てのないもの、ならばあきらめるしかない。が、有りかがはっりわかっている物は、早く手元に戻したい。お気に入りの物ならば特に。


 その時の傘は、ベージュでも薄いオレンジでもなく、私にとって確かに金のように輝いて見えた。