私は「可愛い女の子」とは程遠かった。第一子の長女として両親からしっかり者を期待されていたからだと思う。それに応えようとしていた私だった。小中高校時代、周りからは「お姉さん」さらには「おかあさん」というイメージだったようだ。

 

 男子にちやほやされる女子へ嫉妬があったのかもしれない。私は彼女らが嫌いだった。男子の前だけで声のトーンが高くなったり、身振り手振りがオーバーになったりする女子。上目遣いに男子を見上げる女子。私なんて背が大きかったから、ある時期までは男子を見下ろしてました。そして、そういう女の子、毎年クラスに一人は存在した。

 

 だからと言って、私自身は暗い感じではなかったと思う。女子だけで大笑いするグループで楽しい学校生活を過ごした。そのグループには男子にモテる子もいたけれど、彼女たちは男子の目を意識して行動することはなかった。

 

 小学校4年生の時のことだ。担任は40?50?代の男性教師だった。そして体育授業では

「肌着をつけず、体操服1枚で運動し、終わって汗をかいたらタオルで拭いてから着替えなさい」

という先生だった。下はともかく、上は一旦裸になって着替える、ってことだ。今から50年以上も前のこととはいえ、男女一緒の教室で着替える。4年生ともなれば、胸が膨らんでくる女子もいる。そして、ませたおふざけ男子もいる。

 

 体育の前後の休み時間、着替えになるとM子ちゃんの机の周りを5人くらいの男子が取り囲むようにしてしゃがみこむ。彼女はちょっと大人の体形に近づいていた。どんなに工夫したって、見られる。そして男子は

「見えた~見えた~」

と大騒ぎする。私なんて背は大きかったけれど、とにかくやせっぽちだったから、胸もぺしゃんこで誰も見に来る人はいなかった。

 

 そこで先生に

「M子ちゃんが困っています。何とかしてください」

という正義感、私にはなかった。他にもそんな女子は誰もいなかった。彼女が

「いやだ~やめて~」

と体をくねらせて何とか見られないようにする姿がどこかとってもいやらしく感じた。いやだったら自分で先生に訴えればよいではないか。それに、他にも胸が膨らんでいる子はいたけれど、男子はそのM子ちゃんだけをターゲットにする。目が大きくて肌が白く、おまけにお勉強もスポーツもできる女の子だった。子ども心にも私は何かを意識していた。

 

 自分、意地悪だったなあ。今も

「あの時、助けてあげられなくてごめんね」

っていう気持ち、ないなぁ。

 

 昭和40年代、そんな時代だった。けれど、M子ちゃん問題はさておき、いくら昭和といえども着替えは別々にするべきだったのではないかと今さらながら思っている。ペチャパイ(これは懐かしい言葉)の11歳の私でも恥ずかしかったもの。