私は小さい頃から本や雑誌(漫画も含めて)が好きだった。家が商売をしていて、よくお手伝いをさせられたが、ある時、家で本を読んでいると、その回数が減ることに気づいた。

 

 小学生になり、伝記物や探偵小説に夢中になった。学校の図書館で借りてくる。そして「小学〇年生」という小学館の雑誌を買ってもらえるようになった。それは月刊誌で、工作のような付録もついていたりして、毎月楽しみだった。が、高学年になると、『マーガレット』や『りぼん』『なかよし』といった雑誌に興味をもち、母にねだってそちらを購入するようになった。漫画はどれも面白かった。それ以外に私が気になったのは、「文通しましょう」みたいなコーナーだった。

 

 当時から手紙を書くことが好きだった私は、誰かとお友だちになりたくて、そのコーナーにハガキを何度も出したが、自分の名前が記載されることはなかった。ちょうどその頃、『不幸の手紙』というのが届いた。

 

 それは

「このハガキを受け取ったら、〇日以内にこれと同じ内容のハガキを△人に送らないと、あなたに不幸が訪れます」

といった内容のものだった。私はそういうことにびくびくするタイプでもなく、破いて捨てても良かったのだが、興味をそそられるポイントがあった。

 

 その文章の下に①~⑤として、そこに知らない人の名前と住所があった。(正確には⑤の人は知り合いだった)

 1.①の人に、あなたからハガキを出す。内容は自由

 2.②の人を①に、③の人を②に、というように繰り上げていき⑤にはあなたの名前と住所を書く。

すると、一月後には××人の人からあなたにハガキが届きます。

 

 私はそこに惹かれてしまった。頭の中は「不幸がナンチャラ」なんてすっかり消え、「誰かと文通できるかもしれない」という期待に溢れた。自分にとっては『幸福の手紙』と書き替えて、出したかったくらいだった。それに、こんなに色々な情報をあの小さなハガキに、しかも複数枚書くような面倒なことをするわけ。そんな中に悪い人はいない、と信じてしまった。

 

 私はもちろん、誰だか知らない①の人に、家にあった絵ハガキに

「こんにちは」

とだけ書いて送った。そして、何人かの人に同じ内容の『不幸の手紙』を出したのだった。

 

 私の母は手紙を書くことが好きだったので、家には文箱があり、そこには便せん、封筒、ハガキ、切手が入っていた。それらをちょっと拝借しても叱られることはなかった。伯母や従姉妹に私が時々手紙を書いていたことも母は知っていた。絵ハガキは興味のないどこかの観光地のものしかなかったが、その中から一番気に入ったものを選んだ。

 

 そして、ひと月余りが経ったが、私にハガキが届くことはなかった。1枚たりとも‥‥‥。

 

 さらに、その直後に担任が朝の会で

「『不幸の手紙』というのが流行っているようです。人を脅かすような恐怖にさせるようなこんなものに、騙されてのっかってはいけません。こういう手紙をもらった人がどんな気持ちになるのか、考えてみてください。もし、届いても、絶対に出してはいけません」

と言った。

 

 その時私は初めて自分がひどいことをしてしまったと気づいた。今となっては、誰に出したのかもわからない。ごめんなさい、と反省しつつ、幸福の手紙だったら先生は許したのか?不幸という一点を除けば、あれほど楽しい仕組みを考えた人は、どこのどなた?未だにこだわる私である。