父が亡くなり、実家に初めてご仏壇を置くようになった。母独りが暮らす家だ。母は少し神経質なところがある。一方で、
「こんなもの捨てずにとっておいてどうするの?」
「新品のタオル、山ほどあるじゃない。こんなにボロボロの雑巾捨てたらいいのに……」
等々
「これ、どうにかしようよ~」
と思うところもあり、人って心を向ける場所が違うんだな、と気づく。年齢的なこともあるかもしれない。
そうだ、母は自分の身に降りかかる災難が怖いのだ。四角い部屋を丸く掃いても、ガスは料理を終えるたびに元栓まで占める。普段見かけない人が車を停めて家の周りをうろついていたら、その車のナンバーを控える。そして私に報告してくる。
母が特別気にしているのが「お線香の火」だ。母は小さい頃、近所でお線香の火による火災を見て、それ以来「火」には特別に気を付けている。線香の火が原因かもしれないなんていう田中邸(亡田中角栄氏)の火事のニュースが流れれば、さらに母は、神経をとがらせる。
だから、ろうそくは使わない。お盆だろうが、お彼岸だろうが、命日だろうが、お客さんがみえても1回ごとにライターで火をつけてもらう。すみませんねぇ。ライターのガスが切れて火がつきにくいときは、キッチンのガスコンロを使うなんて聞いて私は驚いた。笑っちゃったよ。
ところが、高齢者にはライターの着火がすごく難しいことを知った。ライター、チャッカマン、どれもこれもスイッチの部分が固くて押せない。当然のこととして私が使っていたどれもこれもが、母にとっては使えない物ばかり。おそらく小さい子どものいたずらを危惧してのことだと思われる。マッチを使用すればいいのかもしれないが、やけども怖い。
これらの商品、機能は十分に
果たしてます。
が、高齢者には操作ができません![]()
ようやく見つけたこちら、
唯一母が使えるもの![]()
なんでもかんでも子ども主体になってきている。けがや事故の無いように、それは大事なことだ。でも反対に高齢者に使いにくい、とか難しい、につながっている気がする。子どもを大事に、は当然のことだが、高齢者がほったらかしにされていくようでどうも納得がいかない。

