コロナのために縮小されながらも毎年行われていた孫の幼稚園の発表会。今年は3人まで観覧ができるとのことで、祖母である私にお嫁ちゃんから誘いがあった。
年長さんといえば、この世に生まれてたったの6年しか経っていない。様々な事をとんでもない速さで吸収し、表現も動作も上達している事がわかる。私のこの6年、何ら変化もなく、むしろ、色々な部分で衰えをみせている……。
舞台に立って1人で大勢の観客の前で声を出すって、大変なことだ。どの子も頑張っていた。中には恥ずかしがり屋さんもいただろうが、ちゃんとみんなの声は届いていたよ。そして、一生懸命に手を伸ばしてリズムに合わせて踊ったり、大きな口を開けて歌ったり……食い入るように見てしまった。そして、6歳の子たちの健気さに胸が熱くなった。
演目は『浦島太郎』
それが、偶然にも次男が30年近く前、年長さんの時にやったものだった。孫はお魚の役だったけれど、次男はいじめっ子の1人だった。いくら芝居とはいえ、当時、その役柄に私の心はざわついた。本人が希望したのだろうか?先生に指名されたのだろうか?
メンバーを聞いて、いつもよく遊ぶ仲間と知り、なぜか心が落ち着いた。いじめっ子役ママたちも皆同じことを思ったと、後から聞いた。当日は、浴衣の丈を短めに着せて、三尺を締めた姿、5~6人そろってかわいかった。今回、今の時代に合わせたのか、カメをいじめる場面は先生のナレーションでサラリと次へと進んだ。
最後に浦島太郎の唄が披露された。5番まであったのね。「おいとまごい(お暇乞い)も そこそこに♪」とか「かえってみれば こはいかに(如何に)♬」なんて意味もわからず、ただただ練習を繰り返したのかな。そんなところも可愛くて惹かれた。「暇乞い」なんて、今どき使わないもの。還暦過ぎた私でさえ知らないわ。あ、私だけかしら?失礼しました。
昔話には必ずそこに、伝えるもの、教訓などがあると言われている。『浦島太郎』は、なんだろう?
「善い行いをすれば、自分にも返ってくる」
「楽しい時間はあっというまに過ぎてしまう」
「約束は守らなければバチがあたる」
とか言われているけれど、あっという間にお爺さんになってしまうとは、この上なく切ない。
次男の時から約30年経って観た『浦島太郎』
その間、私は楽しい事ばかりではなかったけれど、過ぎてみれば、あっという間におばあちゃん!まさしく自分が太郎になったかのようだった。
けれど、「切ない」とは異なる。「あの頃に戻りたい」とも違う。満足か?と聞かれて大きく頷かなくても納得できる時間だったかな?あっという間ではあったけれど、あっという間ではなかった。何とも言い表すことのできないこの感情はなんだろう?私はやっぱり太郎じゃないか……。
ひたすら可愛らしい子ども達の『浦島太郎』、その一方で30年の経過に思いを寄せた私でした。