父が亡くなって、ぽつりぽつりと母が父から聞いた昔話をするようになった。

 

 父は小学校の時の遠足で、高尾山に行った。もちろん戦前のこと。その年に父は級長を任されていたらしい。私たちの頃は「学級委員」といったけれど、今でもあるのかしら?ま、クラスのまとめ役というか、責任者というか。その遠足で、今のお金で300円くらいのおこづかいを持って行ったが、友達と取っ組み合いのけんかをして、お金を失くしてしまったらしい。担任には

「級長ともあろうものが、取っ組み合いをしてこづかいを失くすとは何事か!」

と大目玉を食らったそうな。

 

 いやあ、そんな話だったら、父から直接詳しく聞きたかったなあ。穏やかな性格の父が取っ組み合いをするなんて、何が原因だったのだろうか?でも筋道を通すことが好きな父だったから、何かどうしても許せない本人なりの正当な理由があったのだろう。父自身から、詳しく聞きたかったなぁ。

 

 そこから、母が同業者仲間で高尾山に行った話を始めた。50~60代の頃という。みやげにこんにゃくを買ったらしい。ところが

「ほかにもいろんなものをたくさん買ったんだよ。なぜか、こんにゃくだけ手に持ってかごに入れてなかったみたいで、お代を払い忘れてしまったんだよ」

と言ったのだ。


 私は、即座に

「あ~、それはお父ちゃんが買ってくれたんじゃない?」

と言い、妹も

「お父ちゃんが小学生の時に高尾山で落としたお金がこんにゃくになって戻ってきたんだよ」

と言った。ちょっと面白い話じゃない!父が小学生の時にはもちろん母とは何の縁もなかった。ロマンスの神、こんにゃくにあり、なんてね。

 

 ところがその話は終わらなかった。母はそのこんにゃく代金をわざわざ返しに行ったというのだ。大した額にはなっていなかったはずだ。もしかしたら、高尾山の往復の電車賃の方が高くつくのではあるまいか。時間だってかかる。正直者の母らしい。

 

 そこは母を見習わなくちゃいけない。私も真面目に生きていこうっと。