商売をたたんだ後、数年間公園の清掃業をし、それも引退したあと

「疲れたよ。もう先は長くない」

と父が言い始めたのはいつ頃だったろう?

 

 声が高くて、町内対抗カラオケ大会なんかに出場していた父だから、話をしている限りにおいては周りからも

「若いね。お元気だね」

と言われていた。私から見ても、まだまだ元気そうだった。だから私はいつも

「まったく、そんなことばっかり言ってるんだったら、もう来ないよ」

なんて言い返していた。今思うと、なんと親不孝な娘か!でも父が大好きな私で、そんな親子関係でもあった。私からは子どもや孫(孫やひ孫)の様子を伝え、父からは日々の出来事を聞き、お互い喜び、笑っていた。

 

 が、亡くなる半年くらい前だったか、

「医者に行くんだって40分かかる。20歩歩いては休み、又歩いては休み、の繰り返しだよ」

と言い始めた。えっ?そうだったの?普通の大人なら10分の距離だ。

「それなら聡美(娘、父にとっては孫)が送迎するよ。ちょうど育休中だよ」

と提案した。すると

「人間、歩けなくなったらおしまい!何とか自分の足で歩く」

と言うのだ。週末訪れると、腕立て伏せまがいのことをやって

「こんなことでもすればちょっとは違うかと思ったけど、やっぱり疲れるなあ」

と言う。その頃の私は、さすがに以前の様に憎まれ口をたたくこともできず

「頑張っているんだから大丈夫」

なんて言ってみた。すると父は

「いい加減なこと言うなよ。92歳になってみなけりゃわからない92の辛さだよ」

 返す言葉がなかった。

 

 私も50半ばを過ぎてから、要観察が増え始め、緑内障を発症し点眼、薬も飲み始め、腰が痛いだの肩が凝るだのぶつぶつ言っていたが、父に言わせると

「60なんて、まだまだひよっこ」

らしい‥‥‥。

 

 92歳って、どんななんだろう……。想像もつかない。