ある日、夕方ポストを覗くと、いきなり「最高裁判所」の文字が飛び込んできた。大き目の分厚い封書だ。宛名はもちろん私でございます。
日頃から、法に触れるようなことは何一つしていません、と普通に生きているのに、こういう時ってどうして思うんだろう。
「えっ!私、何かやらかしたっけ?」
急いで中身を確認すると「裁判員裁判」についてだった。よく見たら封書の表にもでかでかと書いてあったわ。そうそう、ずいぶん前から始まった。でもまさか自分が……と、遠いことのように思っていた。
「このたび、あなたは、抽選の結果に基づいて、当裁判所の裁判員候補者名簿に記載されましたので、お知らせいたします」
私、世の中のいろいろな場面を見聞きするのが好き。あ、だからと言って、災害や戦争の場面は嫌よ。人の意見を聞いたり、自分だったらどうするか考えるのが大好き。けれど、これだけは避けたいと思っていた。「人を裁く」って、とっても恐ろしい。気が重いな。でも断る理由がなかった。寝たきり高齢者を抱えているわけでもなく、もちろん妊娠などしておらず。ま、候補者になっただけだから、と言い聞かせた。
決められた期間の1年が過ぎようとしていた。もう無いかな?と安心していた頃に呼び出しの通知が来てしまった。覚悟を決めた。
その日、いつもなら洗濯ものを干している時間帯、私は霞が関に向かっていた。それだけで身が引き締まる。「霞が関」って、特別な響きを持っている。何年も前の「オウム真理教事件」を思い出した。
裁く事件が知らされた。それは何となく覚えていた。当時、その事件に対して、
「なぜ殺めてしまったの?この人はこれからどんな罪を負って生きていくのだろう?」
と思った記憶があったから。その裁判に関わるとなったら難しいだろうな、と思った。
結果、私は裁判員に選ばれなかった。ホッとした。すっきりした気分で建物を出た。ところが、帰りの電車の中で、不思議な落胆。数日間はお買い物にも出られなくなるかもしれないからと、昨日は大量の食材を買い求め、冷凍庫に納めてきた。意味なかったね。掲示板に自分の番号がなかったって、そうだ、入試に落ちたようながっかり感だと気づいた。
だってね、裁判員って「臨時国家公務員」なんだって。国家公務員になりそこなった私だった。