「おかあちゃんは本当にお見送りが好きだよなぁ」

今は亡き父が生前、よくそう言っていた。

 

 私たち家族が車で実家を訪れた際、帰りがけに母は必ず門の外まで出てくる。Uターンがしにくいからと、車は住宅街のほんの1区画を回って、実家の横に出てくる。その間数十秒。母はまだ立っている。反対側の車線を走る私たちに向かって手を振っている。

 

 門のところで

「暑いから(寒いから)、ここでバイバイするから、おばあちゃんはもう家に入ってね」

子ども(孫)達が声をかけるが、母は車が通るまで待っている。

「これでウチらが別ルートで帰っちゃったら、おばあちゃんはどうするんだ?」

なんて会話をして車内には子どもらの笑い声が響く。

 

 父はその昔、長兄が出征の際、なぜだか母親と2人だけで見送ったらしい。兄弟だって大勢いたのに、どうして2人だけだったのか。妹が聞いたその話を私に教えてくれた。話の最中、父の顔が次第に歪んでいくのを見て、妹は

「これ以上この話はやめておこう」

と思ったらしい。兄さんがその後生きて家に戻ることはなかった。だから父は人を見送るのが大嫌いだそうだ。いつも居間の床柱を背にした定位置に座ったまま、にこにこと手をちょっと挙げて

「じゃあね。またね」

と言って部屋の中でお別れする。

 

 コロナのために父の最期、私達は見送ることができなかった。父は見送ることだけじゃなく、見送られることも嫌だったのかもしれない。そう思うことで、自身を納得させている自分がいる。